第十話 ゴブリン討伐
しばらく歩くと、崖側に小さな穴があった。十中八九、ゴブリンの巣穴だろう。
人間が入るにはギリギリの高さしかなく、ほとんど中腰でなければ前に進むこともできない。
「ここだよ。アタシの見立てだと結構な数がいる。たぶん、この規模の巣だと……」
「ああ。人間の捕虜がいる可能性がある。下手に大規模な魔法は使えない」
エルフのオーサが言う通りだ。ゴブリンは群れの規模が大きくなると繁殖行動に出る。
彼らはとても珍しい生態をしていて、他種族のメス個体に受精卵を預けるという意味のわからない繁殖方法を持っているのだ。
ゴブリンに雄雌の区別はなく、すべてが両性具有。伸縮する産卵管をメスの胎内に挿入し受精卵を預ける。
受精卵は人間の赤子と同じように発生・成長し、母体の栄養を奪い取って生まれ落ちるのだ。
つまり彼らは、自分たちで出産をしない。必ず別の種族が絡んでくる。
(本当に進化の系統樹を踏襲して来たのか、甚だ疑問な奴らだ。餓鬼は通常の繁殖や雌雄という概念から逸脱している)
彼らは繁殖に他種族が必要な関係上、メス個体を様々な場所から攫ってくるのだ。
だからこそ、無理な方法で巣穴を責めれば余計な被害を出しかねない。そういう意味でも、彼らは非常に厄介な生物である。
(人質さえいなけりゃ、川の水をこっちに引いてきて水没させたり、速攻で巣穴の一番深くまで潜って火を起こしたりできるのに)
阮一人ならば、巣穴に突っ込んで巣ごと壊滅させることは容易だ。
しかしそれは、あくまでも人質がいない場合に限る。群れを相手に一匹ずつ対応しなければならないのが厄介なところだ。
「冒険者ギルドから捜索の依頼は出てないが、人質がいることを前提にして立ち回ろう。作戦通りだ。まずは……梟の目」
そう言いながら、阮は魔法を放つ。
闇魔法、梟の目。夜間や暗い場所であっても目が見えるという、随分と古典的な魔法だ。
「松明やランプを持たなくていいのは楽っすね。ありがたいっす」
最前線で戦うことになる戦士アドラーは、この魔法が気に入った様子だ。
得物を使う戦士にとって、松明ほど邪魔なものはない。片手が塞がれば、剣などは思うように振れないからだ。
「それと、焦りは禁物だぞ。人質はあくまでも繁殖のために必要なものだ。今すぐ殺されるということはない。むしろ、俺たちが無事にたどり着けなければその方が危険だ。全員自分の命を第一に考えること」
「わかりました。冒険者の基本ですね」
これに対し、小人族のカミラは真剣な表情で反応する。
彼女はこのパーティーヘテロジャムのリーダーでもあるし、誰よりも真面目さがある。冒険者として必要な心得も持っているようだ。
「よし。陣形はアドラーが先頭。俺がその真後ろ。カミラとオーサは少し離れた場所から後方支援だ。後方はカミラが前、オーサが後ろ」
狭い洞窟を進まなければいけない関係上、横並びに陣形を組むことはできない。
また、この巣穴は天井が低い。普段ならばオーサの機動力が一番だろうが、今回は背の低いカミラが一番動きやすいだろう。
洞窟内では遠距離というほど遠くはならないし、分岐路があった場合後ろから挟み撃ちされかねない。近接戦闘のできるオーサを最後方に置くのが堅いだろう。
「こっからは大剣の出番はないな。荷物になるからここに置いていくよ」
言いながら、アドラーは背負っていた大剣を下ろす。
道中魔物と遭遇した場合を考えて持ってきていたが、洞窟の中では使えない。
今回はショートソードがメインの武器となるだろう。
「カミラ、わかっていると思うが洞窟内では極力火魔法を使わないでくれ。なるべく念動で支援を頼む」
「了解しました。回復は私の判断で良いですか?」
「もちろん。オーサも、俺の指示は待たず自分の判断で動いてくれて構わない」
阮は彼らを指導しようという意識はあるが、それ以前に仲間だ。彼らの自主的な行動を阻害するつもりなど毛ほどもない。
むしろ、彼らには自ら進んで行動してほしいと思っているのだ。
そういう冒険者が、のちに大成すると知っているから。
「じゃあ、慎重に行くぞ」
事前確認は済ませた。安全マージンも組んである。念のため保険も用意して来た。
正直、阮にとっては何ということのない依頼だ。取るに足らない。
しかしヘテロジャムのメンバーにとっては、これでも大冒険だ。自分たちの力で資格を得て、自分たちの力で調査し準備し、ここまでやって来た。
ならば、それを成功させてやるのが阮の仕事である。
「なあグエンさん。こんな中腰の姿勢でゴブリンに勝てるかな」
「心配性だな。ここに来る前練習して来ただろ? それに、餓鬼よりお前の方がずっとリーチが長い。極論、壁に当てないよう振り回してれば餓鬼は勝手に死んでくれる。安心しろ」
不安そうな様子のアドラーだが、何も心配することはない。
彼は意外なことにヘテロジャムの中でも一番慎重な性格をしているが、そのほとんどは杞憂なのだ。
アドラーの潜在的な能力は、既に阮が見抜いている。
彼には相当の実力があるのだと、阮は確信していた。
「アドラー、お前は攻撃だけを意識しろ。餓鬼の攻撃は絶対に俺が防いでやる」
縦列を組まなければならない以上前に出てアドラーを守ることはできないが、阮の実力ならば後ろからでも防御することができる。
「……音魔法に異常あり。前方に……たぶん10匹くらい。曲がり角すぐ」
ちょうど良いタイミングで、オーサから索敵が入る。
狭く、天井が低く明かりがない。そんな環境で前からゴブリンが10匹。
「アドラー」
「わかってるさ。やってやる」
アドラーはゆっくり、脚に装備したショートソードを引き抜く。
刃渡り約30cm。突きの姿勢で前へ向け、中腰からさらに深く腰を入れて。地面を踏みしめるブーツに力が籠る。
曲がり角はもう目の前。このままゴブリンが進んでくれば……。
「ここだッ!」
よそ見をしながら歩いてきたゴブリンに対し、アドラーが刃を振るう。
身長の低い敵に向かってひと突き。見事、彼の剣はゴブリンの喉を貫き一匹を瞬時に仕留めて見せた。
確かに光源はない。しかし、闇魔法梟の目が効果を発揮している間は、この空間すら真昼のように輝いて見えた。
ゴブリンの間に動揺が走る。突然起きた仲間の死。それに対しまだ理解が追いついていないようだ。
その隙を見て、アドラーは曲がり角をわずかに飛び出し二匹目を仕留める。
ゴブリンの血が大量に付着したその剣は、刺さると同時に引き抜かれ次の獲物を標的に定めた。
三匹、四匹。アドラーの剣が振るわれるたび、確実に一撃でゴブリンが絶命していく。
「そろそろ引け。曲がり角を出すぎだ」
言われてアドラーは、自分が深追いしていたことに気が付いた。
曲がり角から全身が露出している。一匹ずつなら対処可能だが、残る六匹が総攻撃を仕掛けてくれば対応できない。
「ありがとうグエンさん」
アドラーは短く礼を言い曲がり角へ引き返す。
それと同時に、下がったアドラーを狙ってゴブリンが飛び掛かって来た。
手には石製の武器が握られている。先のとがったそれは、頭に喰らえば致命傷は免れないだろう。しかし……。
「グギャァッ!」
ゴブリンは動揺した。何が起きたのかまったく理解できなかった。
仲間が一瞬にして四匹殺され、仇を取ろうと追いかけたら、目に見えない何かに押しつぶされる。
彼らが最期に見たものは、深い暖色の衣装を纏った小柄な少女であった。
洞窟はまだ入り口。快勝に終わった前哨戦は、濃厚な血の臭いがした。
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