第九話 ヘテロジャムのイカレたメンバーを紹介するぜッ!
どうやらカミラたちは、本当に何も知らなかったらしい。
午前中
ゴブリンの巣調査と、可能ならば駆除。しかしレンジャーのオーサが相当大規模な巣だと判断し、深堀することなく軽い調査に止め帰って来たそうだ。
それが今日のお昼過ぎ。その時には阮と蓮のバトルは終わっている。
(通りで、周りの連中が話しかけづらそうにしてるのにカミラだけぐいぐい来たわけだ。そりゃ、俺の実力を知らなきゃ当たり前だよな)
とんでもない大物か勇気ある少女かと思ったが、どうやら天然の方だったらしい。
周りの雰囲気で察するとか、そういうことをしないのだろうか。小人族の感覚は阮にはよくわからない。
「それでさ、アタシたちゴブリンの巣にリベンジしたいんだけど……やっぱり人数が足りなくて。前からこれは重要な問題だよねって話してたから、君に声をかけたってわけ」
レンジャー兼遠距離攻撃担当のオーサが言う。品のある仕草とは裏腹に、口調は冒険者らしいものだ。
「なるほど、餓鬼か……」
相手がゴブリンの巣となると、本当に人数がネックだ。
ゴブリンは単体でならば弱いが、集団になると相当強い。特に巣ともなれば、文字通り彼らのホームだ。
ゴブリンの小柄な体格でなければ動きづらい程度の狭さだし、夜目の聞かない人間種やエルフは不利だ。
規模にもよるが、ゴブリンの群れは大きいもので数百にもなる。たった三人では返り討ちにされるのがオチだろう。
「なあグエンさんよ、この通りだ。ウチのパーティー男が俺しかいねぇ。人数とか以前に肩身が狭い」
そう言いながら、戦士のアドラーが机に額を押し当て頭を下げる。
なるほど、確かに男女比が偏っているのは問題だ。というか、女性の比率が高いというのは冒険者には珍しい。
羨ましがる人間もいるだろうが、この状況ではぼっちは避けられない。
食事も夜番も寝床も、およそパーティーらしいものとは呼べないだろう。
それにアドラーはかなりのイケメンだ。今は大丈夫かもしれないが、パーティーの中で恋愛が絡み始めると大変になる。
一般に男女別々のパーティーが多くみられるのはこれが原因だ。
(さらに言うなら、人間種の国にしては珍しくこのパーティーは別種族が多い。普段マジョリティでいる人間種がこの状況は、正直受け入れられないものもあるだろう)
この国はあくまでも人間種の国だ。異種族を快く受け入れてはいるが、人間種が多数派なことに変わりはない。
実際、このギルド内でも異種族はフェンリルロアの獣人たちと、それからドラゴニュートで構成されたBランクパーティーくらいしか見かけない。
あとは阮と蓮、小人族のカミラとエルフのオーサくらいのものだ。
であれば、アドラーの言っていることも理解できる。
「……わかった。お前たちのパーティーに入ろう。名前は何て言うんだ?」
長い熟考の末、ようやく阮は決心した。これでも彼は、かなり慎重派なのだ。
「あ、ありがとうございます! パーティー名はヘテロジャム! これからよろしくお願いします!」
「ヘテロジャム、良い名前だ。よろしく頼む」
まんまじゃねーか、というツッコミは抑えながら、阮は手を差し出す。
するとカミラがその手を取り、固く握手を交わしてくれた。小さな手から柔らかな温もりが感じられる。
上機嫌になったオーサとアドラーも、その上から手を被せてきた。
これがのちに最有力パーティーとなる、新生ヘテロジャム結成の瞬間であった。
「それで、グエンさんはゴブリン討伐慣れてるんだよね?」
場所は変わって山の中。切り立った崖を右手に一行は進んでいく。
「ああ。餓鬼は厄介だが、ちゃんと対策していれば倒せない敵ではない」
「正直、三人が四人になったところでゴブリンの群れを倒せるとは思えないけど」
悪態を吐くアドラーだが、その意見は真っ当なものだ。
実際、阮以外の者が加わったとしても大規模な群れに敵いっこないだろう。初心者が命を落とす最も単純なケースだ。
人数が増えたとしても、相手が多勢ならば脅威は変わらない。その視点を持っているだけでも、アドラーは正しい思考ができていると言える。
「アドラーさん、皆で決めたじゃないですか。実際、グエンさんの指摘は正しいと思います。それに戦略も、私よりグエンさんの方がずっと秀でてますよ」
それに対し反論するのは、このパーティーのリーダーカミラだ。
実は冒険に出る前、阮は彼女たちにとあるアドバイスをしていた。
それを聞いて、ヘテロジャムのメンバーもゴブリンを倒せると確信したからこそ、こうして動いている。
もしそうでなければ、賢いカミラが止めないはずはない。
彼女は子どものような見た目をしているが、その実れっきとした大人だ。慎重派な阮と相性がいい。
「とは言ってもなぁ、ゴブリンはゴブリンだ。アイツらの行動が思い通りになるとも思えないし」
「安心しろアドラー、もしものことがあったら俺がすべて片付ける。餓鬼が1000匹出てこようが10000匹出てこようが、俺の敵にはなれん」
阮の戦いを見ていない彼らも、阮が相当の実力者であるということは知っている。
何せ冒険者ギルドから推薦されているのだ。本物でないわけがない。
それに彼が提案した戦略も素晴らしい。アドラーも納得せざるを得ないものだった。
だからこそ、このホラと揶揄されるだろう言葉にも真実味がある。
「グエンさんすごい自信。もしかして、別の国で冒険者やってた?」
「鋭いな。名前でわかると思うが、東洋の出身だ。そっちでは名のある冒険者だった」
茶々を入れるオーサに、阮は真剣に答えた。彼には冗談とかからかいとか、そういうのがないのだろう。
「へぇ、気になります! 高ランクの冒険者には二つ名があるって聞きますけど、グエンさんはあったんですか!?」
カミラもオーサに追随した。言葉には出さないが、アドラーも興味津々の様子である。
(若いころを思い出すな。俺も昔は先輩たちの武勇伝を聞きたがった。……しかし、東洋の女性に武勇伝を語っても不評だったのに、こっちでは文化が違うのか?)
西洋の異文化に混乱しつつも、昔を懐かしむ。国や環境は違えど、考えていることは同じらしい。
「二つ名はあったぞ。『妖怪殺し』それが俺の二つ名だ。まぁ、討伐依頼の達成率と件数が一番多い冒険者に贈られる二つ名だがな」
この二つ名は、ほぼ最高記録の勝負みたいなものだ。
歴代で最も討伐数の多い冒険者がもらえる称号である。
実際、阮の記録は他の追随を許さないほどぶっちぎりなものであった。恐らくこれから何十年経とうとも、彼の記録を塗り替えられる者は現れないだろう。
何せ、600年以上は記録を更新し続けていた。そのまま、彼の冒険者歴が600年以上ということになるのだが。
「おお! すごいですね! グエンさん、やっぱりベテラン冒険者だったんだ!」
彼のかつての称号に、ヘテロジャムの面々も大いに喜ぶ。自分のことのように笑顔を浮かべる彼女たちの姿に、不覚にも阮は表情をほころばせた。
(こいつらは優しいな。他人のことなのに。それに、なんで俺が東洋の冒険者を辞めたか聞かないでくれる。冒険者としてだけでなく、人として良い奴らだ)
それだけの記録を持ちながらどうして冒険者を辞めたのか。辞めざるを得なかったのか。
当然そこには、並々ならぬ理由がある。しかしそれを敢えて聞かないことが、阮にとっては心地よかった。
ゴブリンの巣は近い。冒険の道中、ヘテロジャムのメンバーは楽しい雑談に花を咲かせるのだった。
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