第4話 家族になる
「おはようございます」
身支度を済ませたジャックが、挨拶のあと、ヒューバートの前でくるりと回る。
「はい。今日もきちんと身支度ができました」
「はい」
ヒューバートの言葉に、ジャックが嬉しそうに笑う。
話し合いの日のことを、アランは思い出していた。
初対面の子供だ。アランは慎重に言葉を選び説明した。アランとヒューバートの養子になると、ジャックの父親は二人だが、母親はいない。同性婚の夫婦の養子になる意味をジャックが理解しているかが、アランとヒューバートにとって、気がかりなことだった。
「死んじゃったけど、俺には母ちゃんがいるから大丈夫です」
ジャックの返事に、大人達は涙目になってしまった。
「父ちゃんは、いたことないから、父ちゃんが二人はちょっと嬉しいです」
恥ずかしげに打ち明けてくれたジャックに、アランとヒューバートの心が動いた。
まずは三人で暮らしてみたらどうかとシスターの勧めもあり、三人で馬車に乗って帰った。ジャックは教育をうけたこともない孤児だ。両親だけでなく、屋敷の者全員が、ありとあらゆることを心配した。
ジャックは周囲の心配を他所に、素直に学んでいった。
「文字もうろ覚えというのは本当ですけれど。お勉強から逃げ出したりしませんし、熱心ですし。本当に良いお子さんを見つけられましたわね」
かつての自分を知る家庭教師の言葉に、アランは苦笑した。
剣の握り方から教えたが、たちまちに上達した。
「妙な癖も何もないから、教えやすいものですよ」
教育係達からの評判もよい。
食事の作法にも、大きな問題はなかった。
「グレース孤児院で、シスター達に教わりました」
そう答えるジャックは少し誇らしげだった。
このまま家族として暮らすことにしたと、アランとヒューバートとジャックは孤児院に挨拶にいった。シスター達も子供達も、喜んでくれた。
屋敷の中では、アランとヒューバートは父親だが、屋敷の外では騎士だということも、簡単に理解してくれた。
「ロバート様には、奴隷市で俺、私達を助けて下さいました。後でローズ様と一緒にいるときにも、ロバート様にお会いしました。私の他にも助けてもらった子はいました。全員が、ローズ様と一緒にいたロバート様が、あの時助けてくれた人と同じだと、教えてもらうまで気づきませんでした」
ジャックの正直な暴露に、アランもヒューバートも笑わずにはおれなかった。
今日はジャックを連れて王太子宮に挨拶に行く日だ。ジャックは書類上も正式に養子になった。その報告のための挨拶だ。ジャックは、昨晩から興奮していた。
王太子宮では、応接間の一つに案内された。あまり形式張った場所では、ジャックが緊張するだろうからと、比較的装飾の少ない部屋だ。
「鍛錬を積み研鑽を重ね、一人前の騎士になり、二人の父のように、お役に立てるように頑張ります」
ヴィクターに促されたジャックの挨拶に、アランは驚いた。いつの間にか用意をしていたらしい。
「そうか。楽しみに待つことにしよう」
アレキサンダーが微笑んでいた。
「あなたの頑張りに期待しています」
美しいグレースからの言葉に、ジャックが目を輝かせた。
「はいっ」
威勢のよいジャックの返事に、部屋の雰囲気が和む。
「あなたが育った町にある孤児院でなく、王都の孤児院にと決めた時、故郷から引き離すことになるのではと、気がかりでしたが。元気な様子に安心しました」
ロバートの言葉に、ジャックが強く頷いた。
「強いお父さんが二人で、とても嬉しいです」
予想もしていなかったジャックの言葉に、アランは目頭が熱くなった。ヒューバートも同じらしい。吐く息が震えていた。
「あなたのお父さんは、二人とも沢山練習をして強くなったそうよ。レオン様、あなたの叔父様がおしゃっていたわ。ジャックも頑張ってね」
「はい、頑張ります」
ローズの言葉に、ジャックが元気よく応えたことが、嬉しかった。
帰りの馬車だ。憧れのローズに会ったせいか、ジャックは嬉しそうにしている。
「今日の挨拶はとても素晴らしいものでした。あの挨拶は、いつ練習していたのですか」
ヒューバートの言葉に、ジャックが胸を張った。
「レオン叔父様と、一緒に考えて、練習もしました」
弟のレオンも甥のジャックを相手に、弟が出来たようだと可愛がっている。
「お祖父様とお祖母様も褒めて下さいました」
嬉しそうに恥ずかしそうに打ち明けたジャックに、アランはまた胸が熱くなった。ジャックを連れて帰ってきた日、予定していた養子よりもかなり大きな子供だということで、両親は戸惑っていた。その両親も今、アランとレオンが子供だった頃を思い出して懐かしいと言ってくれている。
「それはよかったですね」
微笑むヒューバートはどこか悲しげだ。ヒューバートの両親とは、連絡もとれない。折りに触れて手紙を送っているが、返事は一度も来たことがない。
同性婚だ。二人の間には子供が出来ない。本家の血筋を残せない。本家の嫡男であるアランに申し訳ないと、ヒューバートの両親は嘆いていた。アランは何度もヒューバートのせいではないと伝えた。だが、アランの言葉は虚しく空気を震わせただけで、ヒューバートの両親の心には届かなかった。
「今度、家族三人の絵を描かせようか」
アランの言葉に、ジャックが首を傾げた。
「絵にしておけば、お前がどのくらい背丈が伸びたかわかるからな」
少年はいつか青年になる。どのくらいまで大きくなるかが楽しみだ。
「伸びますか」
「ヒューバートと並ぶくらいというと難しいが、これから伸びる年だからな」
「アラン父さんくらいがいいです」
「そうか。楽しみだ」
「レオン叔父様を追い抜きたいです」
「それは楽しみですね」
「レオンが悔しがるな」
結局レオンは、アランの背丈に追いつくことが出来なかった。
「お前の両親にも絵を贈ろう」
アランの言葉にヒューバートが目を見開いた。
「いつか、きっとわかってくれる」
<完>
家族になる 海堂 岬 @KaidoMisaki
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