金井戸くんの言うことには2

揺井かごめ

side.沖純子

 公園の隅のブランコに、少女が一人座っている。歳の頃は5、6歳ほど。春の陽気の中、小さくブランコを揺らしながら鼻歌を歌う少女は、一人であるにも関わらずどこか楽しげだった。

「じゅんこちゃん、こんにちは」

 少女に話しかける青年がいた。春物のコートを纏った青年は、少女に向けて優しく微笑み、そのまま隣のブランコに腰掛けた。

「むぎくん、こんにちは。きょうもきたの? ひまなの?」

「ひまなの。今日もむぎくんとお喋りしてくれる?」

「いいよ! きょうはじゅんちゃん、きげんがいいから」

「確かにご機嫌だね。何かあったの?」

「これからあるんだよ! きょうはねー、じゅんちゃんのたんじょうびだから!」

「そうなんだ。お祝いだね?」

「おいわいだよ!」

「じゃあ、むぎくんからもプレゼント」

 そう言って、青年はリュックからぬいぐるみを取り出した。

「うさぎのメメちゃんだよ。じゅんこちゃんのお友達になりに来たんだって」

 少女は目を丸くして、ぬいぐるみと青年を交互に見た。

「むぎくん、じゅんちゃんのたんじょうび、しってた?」

「ううん。たまたま今日、じゅんこちゃんにあげようと思って持ってきたんだ」

「じゃあ、うんめいだ!」

「そうかも。貰ってくれる?」

 少女は素直にぬいぐるみへ手を伸ばし、青年から受け取って、それをぎゅうっと抱き締めた。

「すっごくかわいい! うれしい! むぎくん、ありがとう!」

「どういたしまして。仲良くしてあげてね」

「ぬいぐるみはしゃべらないからなかよくできないし、おともだちにもなれないよ」

「リアリストだな〜、じゅんこちゃんは」

「なに? ありありすとん?」

「リアリスト。見えるものや事実を大切にする人のことだよ」

「ふーん? わかんないけど、それって、あたりまえじゃない?」

「当たり前っていうのは、人によって違うからね」

「ちがわないよ? ちがわないからあたりまえなんだよ? むぎくんっていっつもへんなこというよね」

 公園の前に車が停まる。

「あ、おかあさんだ!」

 少女はぱっと顔を輝かせてブランコから飛び降りた。

「じゃあね、むぎくん! メメちゃんありがとう! だいじにするね!」

「さよなら、じゅんこちゃん。またね」

 青年は、車の中から手を振る少女が見えなくなるまで、ブランコから手を振っていた。

 青年が立ち去り、公園には誰もいなくなった。


 公園のブランコに、少女が一人座っている。その表情は暗く、ブランコは漕がれず止まったままだ。

「こんにちは、じゅんちゃん」

「……こんにちは」

 青年に声を掛けられ、少女は元気のない声で応えた。隣のブランコに座りかけた青年は動きを止めて、少女の正面にしゃがみこんだ。

「今日はご機嫌じゃないね? どうしたの?」

「……ごめんね、むぎくん」

 少女は、ぽろぽろと泣き出した。しゃくり上げながら、少女は辿々しく話した。

「メっ……メメ、ちゃんね? もらって、みんなっ、にっ、みせてっ……おか……あ、さんもね、かわいいねって………!」

 続けられなくなり、少女は顔を覆って泣きじゃくる。青年は、少女が泣き止むまで背中をさすり続けた。

「落ち着いた?」

 暫くして、すすり泣きも落ち着いた少女に、青年は問うた。少女はこくんと頷き、先ほどの続きを話し始める。

「メメちゃん、だいじにしてたよ。いちばんのおきにいりだから、ずっともってたし、ねるときもいっしょだったの。だいじだから、ほいくえんのおえかきで、メメちゃんをかいたの」

 少女の目に、再び涙が浮かぶ。少女はぎゅっと口を引き結び、涙を拭いてから、震える声で続けた。

「そうしたら、みんな、へんっていうの。せんせいも、びっくりしたかおで、おかあさんにえをみせて……それで……」

「……メメちゃんも、描いた絵も、捨てられちゃった?」

 少女は再びこくんと頷いた。

「それって、もしかして、これかな?」

 青年は、リュックから4つ折りの紙を取り出し、少女に渡した。少女が恐る恐るその紙を開くと、そこには、クレヨンで描かれた絵が広がっていた。

 子供らしい拙い筆致で描かれた笑顔の少女と、赤黒く塗りつぶされた歪な塊。

「これ!」

 少女は紙を抱き締めるように胸に当て、青年をぱっと見上げた。

「むぎくん、なんで!? これ、おかあさんに、ぐしゃぐしゃぽいってされたのに!」

「むぎくんは魔法使いだからだよ」

「うそ、まほうつかいなんていないよ」

「本当だって。証拠に、ほら」

 青年は再びリュックを開き、そこからぬいぐるみを取り出した。

「メメちゃん!」

 青年からぬいぐるみを受け取った少女は、満面の笑みでぬいぐるみを抱き締めた。

「ねえ、じゅんこちゃん。メメちゃん、かわいいと思う?」

「うん、かわいい」

 少女は愛おしそうにぬいぐるみを見つめ、小さな手で丁寧に撫でる。

「じゃあ、他の人に『そんなの可愛くないよ』って言われたら?」

「……わかんない。こんなにかわいいのに。おかあさんも、おともだちも、さいしょはみんな『かわいいね』っていってくれたよ。でも、あのえをかいてから、きゅうに、かわいくないっていうの」

「それは、じゅんこちゃんの当たり前が、皆の当たり前と違ったからだよ」

「なんで?」

「なんでだろうね。俺にも分かんない」

「わかんないの?」

「分かんない。でも、一個だけ分かるのはね、じゅんこちゃんが『可愛くない』って言われて、びっくりしたし、悲しかっただろうな〜ってこと」

「……うん」

「メメちゃん、まだ可愛いって思う?」

「うん」

 青年は、迷い無く頷いた少女の頭を撫でた。

「じゃあ、むぎくんと二つの約束をしよう」

「やくそく?」

「うん、約束。実は、メメちゃんは不思議なうさちゃんなんだ。見る人によって見た目が変わる、魔法のうさちゃん」

「……そうなの?」

「そう。だから、他の子にも、その子が一番『かわいい!』って思う姿に見えてたんだ」

「なんか……」

「それ。一つ目は、『へん』って言うのをやめること。じゅんこちゃんも、変って言われて悲しかったでしょ?」

 少女が頷くのを見て、青年は続ける。

「で、二つ目。じゅんこちゃんの『かわいい』は、俺とじゅんこちゃんの秘密にすること。お母さんやお友達がびっくりしないようにね。約束できる?」

「……やくそくできる」

「じゃあ、メメちゃんはこれからもじゅんこちゃんのお友達だ。代わりに、俺がこれ貰っていい?」

 青年は、少女が抱き締めてぐしゃぐしゃによれた紙を指差した。

「いいよ、むぎくんにあげる」

「ありがとう。約束守って、メメちゃんのこと、ずーっと大事にしてね」

「うん!」

 公園の前に車が停まる。少女は立ち上がり、ぬいぐるみを抱き締めて青年に手を振った。

「じゃあね、むぎくん! メメちゃんありがとう!」

「ばいばい、じゅんこちゃん」


 青年は、少女が見えなくなるまで見送ると、リュックからぬいぐるみを取り出した。

 先ほど少女に渡したのと同じ、真っ白な円柱形のぬいぐるみ。

 青年はそれをベンチに置き、軽い足取りで公園を去った。


 公園には、誰もいなくなった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

金井戸くんの言うことには2 揺井かごめ @ushirono_syomen

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ