1.舞台の幕は、暗闇の中静かに上がる

1-1

 ゴオーッ。そんな音を立てながら車は走る。


 灰色のような遮音壁、木々、まれに現れる現在地からある土地までの案内標識。脇の窓ガラスからの変わらず、ずっと同じところをループしているような景色が目に映る。まるで興味のないと分かった後も画面に表示されているアニメや映画を見ているときのあの気分だ。


 そう感じながらも、助手席に座っている志野山 黎しのやま れいは自身のクリーム色の前髪を少し弄りながらも窓ガラスの景色から視線を戻すことができなかった。


「どう? 乗り心地は」


「……別に普通ですよ」


「おいおいおい。会話続かねえな、おい!」


 そう豪快に笑う女性の藤色のような瞳には涙が浮かんでおり、ハンドルを握っていない右手の人差し指で涙を拭う。


 そんな女性の髪は、肩まで伸びている黒髪は枝毛ひとつない。くるりとパーマをかけたような今時の髪型ではなく、ストレートヘアだ。それに加えて、フロントガラスから差し込む日光によってキラキラと見えるのは錯覚のようで錯覚ではない。服も皺ひとつない黒の上下スーツ、首元には白いワイシャツ。容姿端麗という言葉がお似合いといえる。


 それに対して、と自身の服装を見るれいは紺のパーカーとスラックス、パーカーの中には白いワイシャツを身に纏う。傍から見れば学校に通う普通の学生に見えるだろう。


 走っている道路は、地上から数メートル離れた高速道路。しかも首都圏ときた。横にある窓ガラスからは綺麗に舗装されている見た目とはいえ道路を時速100キロで走っているのだから、小さい窪みにタイヤが嵌ったりすれば、ゴンッと大きいとまではいかないが縦に何度か揺れる。


 その現象を運転手の女性である愛染 一希あいぜん いつきは、面白がってか「おおぅ!」と言動には笑いが含まれている。


「感想がそれ? というか酷いなぁ、先輩がこうやって気を紛らわすために会話してあげているというのに」


「貴方のそれは人のためではなくて自分のためでしょ、どうぞ御一人で喋っててください。別に貴方と話したいわけじゃないので」


「うわ酷いなー、傷つくわ。お姉さん泣いちゃうぞ?」


「なら勝手に泣いててください、俺は興味ないです」


 そんなことを言いながら今までニヤリと口元を歪めていた一希いつきは、無関心であれば返事をしなければいいものを助手席に座る少年から青年になりかけのれいの生真面目に会話を続ける無関心を装った言動が面白くて仕方がないらしい。


 視線は前に向きながら、ガサツな笑いが車内に埋まる。そんな彼女は、まるで新しい玩具を買ってもらった日に、今から遊園地に行くのだと楽しいことが連続している小さな子供のような雰囲気を持っている。


 そんな中、淡々と会話のキャッチボールをしていたれいの心境を正直に言うならば、まあ穏やかではない。なにせ先輩とはいえ、隣にいる一希いつきは平、下っ端という称号が横に付くれいよりずっと上に位置する上司でもあるのだ。それに加えてこれから向かう先で――。

 

『東京都に入りました』


 思考が現実に戻される。ナビの言葉で、そろそろ目的地へ近づいてきたことをれいは察した。


 少し精神を落ち着かせるために何台か、すれ違う車。動くものに反応する自身の目の先には、フロントガラスに映るのは、スマートフォンを弄る人、明らかに大声で歌いながら運転するひと、運転手の男性が助手席の女性に口付けをしていたりと様々だ。最後の男女を見て思わず脳内で日中からお盛んなことで、と呟きながらも声には出さず視線の先にある道路沿いから見え始めた高いビルがひしめき合う街と昔ながらの東京のシンボルである東京スカイツリーに視線が奪われていた。


「一応これガソリン車なのよ、今じゃ珍しいでしょ」


 それを横目に見ながらも話題は己の車を誇らしげに言う一希いつきれいは「はあ」とため息に似た声が喉から漏れる。


 ここ数年は水素、電気をエネルギーとした車が台頭してきている。なんなら操作が必要なのは目的地入力とエンジンをかけることぐらいで後はほぼ自動で運転をしてくれるというのだから、そんな便利になった物が現れたらすぐさま飛びつく。そんな習性を持つのが怠惰な人間の本性ともいえるだろう。それに対して、ガソリン車やハイブリット車はヴィンテージものとまではいかないものの、今の世の中では過去の遺物にされつつあるのが現状だ。


「まあ気も紛れてきたようだし、本題といこうか」


「……」


 『料金は――』なんて音を耳が拾うが、れいにとってそれどころではなかった。膝の上に置いてあった両手を無意識に強く握る。日焼け跡のように少し皮膚が赤くなるほどまで。


 ――ああ、ついに始まってしまうのか。

 


「改めて前日の任務打ち合わせで確認したと思うけれど。今日の任務は一般市民の被害がないように、トレインジャックの実行犯を取り押さえること。簡単でしょ?」


 視線は前に向けながらも隣に座る彼女の声色は、まるで腹が空いたから飯を食べるというように。当たり前で、大したことではないのだと錯覚してしまう。


 れいにとっては、それは当たり前ではない。何せ、ここ数年前までは一般人だったのだから。何故そう予定と、分かるのかの根拠が分からない。気象台や測候所のような場所からの情報であったり、宇宙からの情報であったりとそうなる根拠もあっての天気予報が『晴れです』なら分かる。しかしこれは予測できるものではない。それはれいでも分かる、だからこそ口は正直に動いてしまう。


「予定って、何で分かるんですか」


「まあうちらには、簡単に言えばすっごい膨大な情報網があるのさ。とはいうけど、ぶっちゃけるとうちもよう分からん。むしろ上層部うえも把握している人いないのでは? と、うちは睨んでいる。……後で聞いてみっかな、霧島にでも」


 はぐらかされた、ようにれいは感じた。


 まあそりゃそうだ。所詮下っ端、そんなホイホイ重要な情報が降りてくるとは限らないよな。


 話題に挙がっていた霧島と言われた人物は、今日は現場にはいないものの同じ班にいる歳はれいにとって年上の頼りになる先輩な男性だ。ただ、ここ数日を一緒に過ごしただけでも分かる。一希いつきから道具のようにあれやこれやなんでも(特に書類関係を)任されているのを見ていると年上とはいえ苦労人の様子が見受けられる。色々と面倒くさいのは分かりきっているので思わず、「勝手に聞いてきてください、俺は連れて行かないでくださいね」と釘を刺す。それよりも、気になることはある。


「……明らかに俺が行く仕事じゃないでしょ」


「まあそういっても、これがの仕事だからね、慣れてもらわんと。でも今日は他にも何人かの班がいるからまだましな方よ」


 カコッカコッと、軽いウィンカーの音。フロントガラスの奥には、多くの人が行き来している交差点が見える。その人の出入りが多い建物の上には、国内で有名な鉄道会社のマークの横には白背景の黒字で駅名がでかでかと書かれていた。


「今から向かうのは、ここから見えるあの駅。そこでうちらは列車に乗り込む。まあ今日は現場の雰囲気に慣れてもらう感じなので、特段君にやってもらう仕事はそんなないわけだけど――」


『間もなく、目的地です。ルート案内を終了いたします』とナビの音声と共に一希いつきは口を開く。


「さて、新人君。そろそろ目的地に着きそうだけど、大丈夫かな?」


 言葉はそんなに多くないが、言いたいことは通じた。


 ――お前はここでやれるのか? と。


「――まあ、やれるだけやります」


 れいの持つ白銀色の瞳には決意が宿っていた。それを見た一希いつきは、やはり楽し気に赤い唇を三日月形に変える。



 国家のために動く。そのためならば、スパイのような諜報役から警察のような現場に赴いて実行犯の取り押さえや制圧を行う。しかし、その活動内容は全て表には出ない。公安の何でも屋。



 それが、



 ――特別行動捜査官だ。

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フォーナイン 特別行動捜査官-出動録- 桜莉れお @R_Ouri08

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