ぬいぐるみ

東雲そわ

第1話

 欲しくもないくせに。


「見て見て、取れそうだよ!」

「ホントだ、すごいすごい」


 得意げにそれを誇る男の傍らで、乾いた声の女がそれを称えていた。

 無様に吊り上げられたボクを指差して笑っていた男が、穴に落ちたボクの足をむんずと掴んで拾い上げる。狭い出口につっかえたボクの首がぐにゃりと曲がっても気には留めない。痛みは感じないので、ボクも気にしない。


「はい、プレゼント」

「ありがとう」


 あっさりと放棄された所有権。それを引き継いだ方もあっさりしていた。

 まっさらなボクの身体が吸い込んだ臭気だけが、所有者の遍歴として刻まれていく。一人目は甘ったるい香りで、二人目は目が回る程に臭かった。

 無感動な女の胸に抱かれ、ボクは初めて世界を歩くことになる。

 そしてすぐに、檻の中の方がマシな世界だと思い知る。

 女が駆け込んだ小さな部屋で、ボクは地獄を見た。

 人間という生き物の中に詰まった、醜いソレを。

 トイレ、と呼ばれたその小さな部屋の住人達は、どれもボクより小さかったけれど、不格好に大きいだけのボクより何倍も愛くるしい姿形をしていた。

 世界の片隅に置き去りにされたみんなの視線がボクに向けられている。憐れみが恨みに直結する世界ならば、その苛む視線を甘んじて受けないといけないのだろうけど、ボクはまだ世界の仕組みをよく知らないので、正直迷惑に感じてしまう。

 捨てられた。

 その動機と理由を知らないボクには、みんなの気持ちはわからない。

 あんなに愛くるしいのにどうしてだろう。

 そんな疑問だけが浮かんでは消えていく。

 ボクもみんなの仲間に加わるのだろうか。

 そんな不安も浮かんでは消えていく。

 みんなは所有者の何を満たせなかったのだろう。

 ──否、満たしてしまったから、いらなくなって、捨てられたのだ。

 ボクを抱きしめる所有者から伝わる脈打つ何かが、まっさらな綿でいっぱいの身体の中で、痛いぐらいに響いている。

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ぬいぐるみ 東雲そわ @sowa3sisu

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