-2-

「スーさん?…俺だ。問題なく片付いたよ。うん、表開けてくれるとさ。カメラ類のデータは全部消す。セシルがな…あぁ、頼んだ。それじゃ」


 ビルを出た俺は、スーさんに連絡を入れ終えると、セシルと共に夜の東京を歩き始めた。セシルの両親は、スーさんの所の人間への応対を頼み、今日の事はもみ消してくれるとのこと。磯崎や裏切った女…その他諸々の下っ端達がどうなるかは知らないが、まぁ、スーさん達の采配に任せよう。


 なにはともあれ、一件落着だ。俺とセシルは特に言葉を交わさず、立駐に止めた車まで歩いていく。手は繋いでいたが…それだけだ。


 今は夜の23時…まだ、眠りそうもない街の人々の横を通り過ぎ、駐車場から車を出して、セシルを横に乗せた俺は、帰り道の方へと車の鼻先を向けた。ここから旧首都高に上がって数十分の道のり。東京の狭苦しい道を行き、芝公園から旧首都高に上がる。疎らな一般車の中で自分の立ち位置を確立すると、俺は灰皿の横にあるシガーライターをグイっと押し込んだ?


「1本、貰えるか?」


 驚いた様な顔を浮かべてこちらに顔を向けたセシルに、そう言って左手を差し出す。カチッとシガーライターが突き出てきて…セシルは徐に煙草の箱を取り出すと、俺に1本渡してくれた。


「禁煙したんじゃないですか?」

「まさか。自然と吸わなくなっただけだよ」


 そう言って、煙草を咥え…シガーライターを先端に当てて火を付ける。ふっと息を吐くと、目の前に煙草の煙が舞い上がった。僅かに窓を開けて、煙草の煙を車外に逃がしつつ…久しぶりに感じる煙草の味に顔を顰める。


「不味い」

「不味いって、ヨウさん、昔はそれ吸ってたんですよ?」

「やっぱ体質が変わってんだろうな。甘党になってるし」


 そう言って2,3回しか吸っていない煙草を灰皿に置くと、セシルはその煙草を取って咥えて、俺の方を見てニヤリと笑う。


「残り、貰っちゃいますよ?」

「どうぞ」

「これからどうするんですか?」

「帰る。そっからは決めてない」

「なら、行きたい場所があるんですけど」

「どこだ?」

「居酒屋!」

「……流石に今日は行く気起きねぇなぁ」

「何でですか!両親公認の仲になった記念すべき日ですよ!それに最近のアレコレのせいでお酒ずっと絶ってたんですからね!」

「まぁ、そうだろうけどもよ。ホラ、今のお前、既に酔ってないか?」

「まさか!ワタシはまだ素面です!」


 煙草を吸いながらそう叫ぶセシルを横目に見ながら、俺は口元を歪ませる。正直、色々と疲れが出てきて休みたくてしょうがないのだが…


「…アッサリ解決するとは思いませんでした。葬式も挙げてやらないって決めてたのに」

「壮大な決心だったな。だけど、つまらん意地だってわかったろ?」

「えぇ。それはもう…これから、もう少し大変な時が続くと思いますけど」

「弟か。何人いるんだっけ?」

「下に2人います。6つ下と8つ下。中学2年生と、小学6年生」

「そいつらも親嫌いか」

「どうでしょうね。ワタシも13の時からフラフラしてたせいで余り会話してなくて」

「ほぉ…それで出来損ない…って評価か。当時のセシルもヤバかったのに」


 俺は冗談めかしにそう言うと、セシルは苦笑いを浮かべて俺の左腕を突く。


「ま、無干渉な親ですから。忙しくなるでしょうね。会社を立て直して、子供の面倒を見てって」

「お前も家の事はやってやれよ?大酒飲みでヘビースモーカーの姉ってのは気の毒だが」

「失礼な!…まぁ、今更姉さん面も出来ないですけどね。もう2年は会ってないですし」

「そんなことは無いだろうさ。弟は、今も函館か?」

「いえ。ワタシが高校生の時にこっちに越してきてます。世田谷です。今は」

「…ってことは、セシルお前、高校の時から1人暮らしを?」

「えぇ。あの時もヨウさんの口添えで普通の高校に行けましたけど…引っ越し自体は、仕事の都合で元々決まってたみたいで。付いて行かなかったんです。なので、お金を貰って、ちょっとバイトしたりして、ボロアパートに1人暮らしでしたよ」


 そう言って何気ない様子で笑うセシル。俺はそれを横目に見て口元を引きつらせる。


「お前、こう言っちゃなんだが。本当にあのグループの会長の娘かって位逞しいよな」

「そうでしょうかね?まぁ、親も若い頃は大概だったみたいですから。遺伝なんじゃないかなと思います」


 セシルは煙草を灰皿に置くと、ふーっと煙を吐く。


「なんにせよ、なんか肩の荷が降りた気分です!」


 そう言いながら、緩やかな左カーブに差し掛かったのと同時に、ワザとらしく俺の方に体を寄せてきた。俺はフッと笑って見せると、ウィンカーを上げて左車線に移る。もうそろそろアクアラインに繋がる分岐…アクアラインに出てしまえば、昭京府まではすぐだ。


 *****


「それで、ヨウさん」

「なんだ?」


 分岐を越えてアクアラインに入った頃、セシルが俺に話しかけてきた。


「今日のお店、何処にしましょうか?」

「あ?」


 ふりだしに戻る…とはこのことか。俺は頬を引きつらせながらセシルの方を見てみると、彼女はいい笑顔を浮かべてこっちの横顔をジッと凝視していた。


「ヨウさん、まだ0時過ぎですよぉ…も食べないとダメじゃないですかぁ」

「既に悪酔いしてる奴を連れて行く店も思いつかねぇよ!」

「なら、ワタシが良くいく居酒屋とかでも良いってことですね!」

「え!?」

「え!?」


 会話のキャッチボール、最早暴投ばかり…俺は顔を引きつらせ、セシルは満面の笑みを浮かべて顔を見合わせる。すぐに正面に顔を戻したが、セシルは俺の表情を見て更に笑みを深めると、ドアに頬杖を付いて、新たな煙草を取り出して咥えてこう言った。


「運転手さん、05メガタワーまでお願いします。安くて美味しい穴場のお店に行きましょう!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る