セシルの夏休み
-1-
社長室にセシル達を残して部屋を出た俺は、暫くの間手持ち無沙汰になった。部屋を出て、周囲を見回して…手近な所にあった段ボールを見つけると、それを手にしてエレベーターの方へと歩いていく。これからやるのは、後始末の前準備みたいなものだ。
エレベーター前で倒れた男たちの傍に段ボールを置く。その中に、既にスイングトップのポケットに入っていたベレッタを2丁放り込むと、倒れた男達の衣服を弄って、銃本体と予備の弾倉を抜き出し、段ボールに入れた。
下っ端にはボロのベレッタM1934で節約していた様だが、磯崎直近の人間には、ベレッタ92を使わせていたらしい。米軍が採用しているのと、ちょっと違うモデル92…色は銀と黒の2色、見る限り初期型の様だ。
「撃ちたくねぇ…強装弾でも入って無いだろうな」
少々古びた銃を眺めてそう呟くと、エレベーターを呼んで7階へ。男達が大勢眠っている倉庫の扉を開けて電気を付ける。入り口付近に段ボールを置くと、俺は倒れてる男から次々と銃を回収していった。
戦利品は、ベレッタ92が5丁に、M1934が8丁。その段ボールを持って向かうのは非常階段。1人寂しく倒れている男から弾倉やら何やらを回収すると、俺はエレベーターの方へ戻って15階へ。
この間僅かに10分程度…まだ、セシルたちの話し合いは終わっていない。俺はエレベーター前のエントランスの様な場所に段ボールを置くと、携帯電話を取り出して、慣れない手つきでスーさんに電話を入れた。
「はい」
「もしもし?スーさん?」
「あぁ、ミナミさんか。どう?調子は」
「悪くない。無事に片付いたよ。後はセシル達家族の問題だ」
「そうかそうか、そいつは良かった。…で、用件は?」
電話に出てすぐ、スーさんの声色が仕事中のソレに変わる。
「後始末の依頼だ。連中、乗り込んできてぶっ放しやがった」
俺は苦笑いを浮かべて、すぐに頼みごとを伝えた。
「良く騒ぎにならなかったね」
「幸い、運良く裏切ってた女しか会社に居なかったからな」
「なるほど。ソイツは運が良い。被害は?」
「銃弾の跡が幾つかと、血痕。カーペットも汚れてる」
「怪我人は?」
「仲間内の流れ弾にやられたのが数人。息はまだあった。後、俺が撃ったのが2人。そっちも生きてる」
「了解。まだビルの周囲に人を待機させてるんだ。それを回そう。そう言えば、真正面から入って行けるの?」
「セシルたちの話し合いが終わったら、事情を話して入れてもらう事にしよう。また連絡するって形で良いか?」
「構わない。ってことは、ミナミさん、どっからビルに?」
「隣のビルから窓越しに。子飼い連中もそこから侵入したらしい。窓ガラスが粉々だぜ」
「分かった。何階の、何処?」
「隣のビルの裏口から入って2階の男子トイレ。繋がってんのは女子トイレだった」
「オーケー…後で電話してくれ。こっちももう少し人を集めておく」
「サンキュー。じゃ、後で。もう2,30分経ったら電話する」
そう言って、俺は電話を切ってポケットに携帯電話を仕舞った。これで、ほぼ全て終わり…俺は深い溜息を付くと、適当に置いていた段ボールの元に戻り、その中身を取り出し、1つ1つ、銃から弾倉を抜いて…薬室に入った弾も取り出し銃を空にしていった。
「暇だな」
ひとしきり弾を取り除いた俺は、段ボールを手にして社長室の方に歩いて行った。別に、部屋の扉の前で待っていても構わないのだが…話の内容を聞くのは気が引ける。その先はセシルの仕事だろう。だから、社長室から少し離れた辺りで立ち止まり、段ボールを置いて、その横に座り込んだ。
「……」
薄暗い廊下、誰も居ないオフィスのフロアは妙に不気味だ。もう少し中を見回ろうか?とも思ったが…もう良い時間。もう少しで、セシル辺りが俺を呼ぶはずだ。
「……」
ジッと黙ること、体感で数十分…実測で数分。社長室の扉が開き、中からセシルが顔を覗かせた。
「凄い所で待ってましたね」
「まぁな。終わったか?」
「はい」
「よし」
俺はそう言って立ち上がり、段ボールを手にして社長室へ。セシルが開けてくれた扉を潜ると、段ボールを気絶している3人の傍に置いて、神妙な顔を浮かべたセシルの両親の方に顔を向けた。
「なんか、学校の先生に怒られたみたいな顔してるな」
そう言いながら、セシルが座った隣に腰かける。目の前には父親、そして、さっきと変わらない位置に母親がいた。共に、表情は暗く…そこから感じ取れるのは後悔と、ほんのちょっとの恥ずかしさ。
「碧陽さん。ワシ等が間違っていたと気付かされたよ」
重い空気の中で口を開いたのは、セシルの父親だった。
「ほう?」
「この2か月間の事…いや、ずっと昔に、ウチの娘の面倒を見てくれた事まで全部話してくれた。だが、ワシは…グループを大きくすることしか頭に無かったのだ」
「…だろうな」
「碧さんの話を聞いた後、セシルはウチのグループの抱える問題も全て挙げて見せた。気になってはいたが、利益を先に見据えて見て見ぬふりをしている部分だった。そして、このまま今の路線を続ければどうなるかも、他社の実例付きで教えてくれたんだ」
憑き物が落ちた様に落ち着いた口調で、彼は懺悔を続ける。
「今更遅いと思うが、先ずは謝罪させてくれ。申し訳ない!」
「受けるよ。別に、昔の事でネチネチ言う気は無いからな。大変なのはこれからだ。俺達というより、会社の方…」
「それは、明日からでも変えるつもりだ。キサキとも話した。キサキからも謝罪を入れさせるが…悪いが、今度にさせてほしい。今はこの件で気が滅入ってるんだ」
「構わない。じゃ、セシルは晴れて自由の身だな?」
「あぁ。もうワシ等が言う事は無い。大変だろうが…娘の事は…頼んだぞ」
俺はその言葉を聞いて、思わず「え?」と気の抜けた答えを返した。
直後、隣にいたセシルが俺の右腕に絡み付いてくる。
「親公認ですよ?ヨウさん!」
久しぶりに見た、底抜けに明るいセシルの笑み。俺はやられたと思いつつ、曖昧な笑みを浮かべて頷いて見せてこう言った。
「良かったな。だが…後始末があるんでな。ちょっと真面目な話をしよう」
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