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2人の人間を引きずっていくのは随分と骨が折れた。1人は会社を裏切った女…もう一人は、倉庫でコソコソしていた男。俺はそいつらを15階まで運び上げ、キサキとセシルの待つ社長室まで辿り着く。
「開けてくれるか?」
扉の前で叫ぶと、セシルが扉を開けてくれた。そして、俺の左右の手に引きずられた人間を見て、ギョッとする。
「ヨウさん、その方達は…」
「こっちの女は見覚えあるだろ」
「確かに…そっちの男の人は」
「特別ゲストだ」
そう言って、2人を磯崎の傍に放り投げると、それぞれの頬を数回平手打ちして見せた。
「ん…」
「あ…」
線を繋がれて一時的に意識を飛ばされていた連中が目を覚まし…俺の目を見て驚愕と恐怖に顔色を染め上げる。
「おはよう。騒いだらどうなるかはわかるよな?」
俺はニッコリとした笑みを浮かべ、モーゼルを2人に向けた。2人は弱々しい悲鳴を上げて、数度顔を上下に下げる。
「これで役者が揃った訳だ。あの狸オヤジが居ないが…」
俺は3人の線を繋ぎ直して頭痛を生じさせると、モーゼルを下ろしてキサキの方に振り返った。
「ココにいるのは乗っ取りの主犯と、会社の裏切り者。そして主犯に金で雇われた男の3人だ」
そう告げると、キサキは3人の方に顔を向ける。彼女の視点からすれば、男を除く2人は見覚えがあるはずだ。1人は突然現れた敵として…もう1人は、腹心だったはずの人間。キサキは苦い表情を浮かべると、俺の方に目を向けて先を促す。
「ハッキリ言っておくぜ。これは脅しだ。それ以上でも、以下でもない」
「何が目的なの」
「セシルの自由さ。アンタ方に頼らずとも自立してる。娘離れをしてもらおうと思ってな」
「…そんな権利!」
「あると思うぜ?会社があっという間に乗っ取られかけた所を助けたんだ。計画したのは俺だが、コイツ等の裏を調べ上げたのはセシルだ。確かに、コイツの頭なら、グループを継げるだろうが…その興味は無いらしい」
キサキに余計な言葉を吐かせない。俺は多少強引にでも、話を進めていった。
「アンタ方がどれだけ能無しなのかは、数年前に良く思い知ってる。だから、こんな好機を使わせてもらったのさ。別に、俺はアンタらが路頭に迷おうが知った事では無いんだがな。なにも、乗っ取られて捨てられた所で、俺のツテを使って縁を切らせる事だってできたんだ」
ゆっくりとキサキの座るデスクの前へと歩いていく。キサキは、ワナワナと震えながらも、俺の言葉に耳を傾けていた。
「だがな、そんなの俺の趣味じゃない。親と縁が切れることほど哀しいものも無いもんな?どうしたいかを尊重してやんのも、親の務めって奴だわな。操り人形でも無いんだからよ」
そう言って、俺はデスクにモーゼルを置いて、寄り掛かる。
「だから、この連中を叩きのめしてやった。後始末までサービスだ。な?キサキさんよ。いい加減、落ち着いたらどうだ?」
「余計なお世話ね」
「強情だな。アンタが何処まで、連中について調べたかは知らねぇが、磯崎は米軍を除隊した日米ハーフの出来損ない。そこの女は、磯崎の会社のイケメンに食われた貞操無し。で、あの男は態々隣のビルから侵入してアンタの会社の弱みを探ろうとしてたんだぜ」
「みたいね。それは…た、助かったと思ってるわ」
「素直になれっての。磯崎はマトモな世界に放すつもりは無い。その女の処遇はアンタが決めな。あの男とその仲間の処理は俺達持ちだ」
俺はそう言うと、3人の方に向けていた顔を、キサキの方に向けた。
「あんだけアンタに悪態付くセシルが態々調べて助けてくれたんだ。キサキさん、今ならまだ引き返せる」
そう告げると、キサキは何も言わずにガタガタと震えだした。どうやら、まだマトモな判断が出来る思考が残っていたらしい。
「こいつ等が今日会社を襲ったのは偶然だ。それを俺の情報網が拾い上げたからここに俺達が来た。来なけりゃ、明日にでもアンタは磯崎の手にセシルを渡して命乞いでもしてただろうな。それか、質の低い脅しに踊らされた磯崎がアンタを撃っててもおかしく無かったんだ」
俺は何も返してこないキサキにそう言うと、デスクに置いたモーゼルを拾い上げて、それを慣れた手つきで分解し始める。
「今日で終わりにしてくれれば、俺も別にぶり返したりしない。セシルに惚れられたらしいから?ちょいちょい顔を見る事になるだろうが…その時の俺は表向きの顔だろうさ」
サイレンサーを外してポケットに仕舞い、銃の安全装置をかけてケースの中へ…そして、俺がそう言い切る頃、扉の向こう側から誰かが駆けてくる足音が聞こえてきた。
「ま、ちょっとは頭冷やして…家族会議でも開けばいい」
木製のケースをポケットに仕舞った俺は、派手な音を立てて開かれた扉を見て…入って来た男を見て、薄くニヤリと笑う。
「なんだこれは!?なぜお前がここにいる!」
開口一番、怒声を響かせたのは、セシルの父親だ。俺はそれの一切に言葉を返さず、壁際に持たれた3人の方を見つめて、繋いでいた線をブツ切りにした。
「役者は揃ったろ」
バチン!と右目の奥に違和感…直後、壁にもたれかかっていた3人は糸が切れた様に崩れ落ちた。入って来たオヤジさんは、俺の目を見て絶句し、口をあんぐりと開けている。もう一度キサキの方を振り返って俺の目を見せると、彼女もまた、オヤジさんと似た様な表情を浮かべていた。
「俺の体の秘密はセシルに聞け。セシルがどれだけ勉強熱心なのかが分かるはずだ」
静寂に包まれた場で、セシルが煙草を取り出す音だけが聞こえてくる。パッケージから煙草を取り出す音、安いライターの着火音。俺は言葉を発せなくなった2人を交互に見回すと、ゆっくりと部屋の外に向かって歩き出した。
「まずは3人。それから、雑な扱いをしてきた息子連中を交えて話し合うんだ。俺の見立てだと、アンタ方、まだ仲を修復できる方だと思うぜ?」
そう言って、オヤジさんの傍を通り抜けて、扉に手をかけて…俺はもう一度部屋の方に振り向くと、こう言った。
「外で待ってる。後始末の話もしたいしな。…取っ組み合いだけはするなよ。じゃ、後で」
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