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「流石にヒヤヒヤしましたよ」


 セシルがそう言って煙草を咥えた。表情こそ強張っているが、口調はいつも通り…磯崎の奴に何もされて無さそうで一安心。


「こいつらがここまでのアホだとは思わなかったんでな」

「それはまぁ…そうですが」

「なぁ?お義母さま。この男を縛れる物は無いか?結束バンドとか」

「……7階に行けばあるわよ」

「そうか。取ってきてくれ。7階にいる連中は全員眠らせてっから」


 そう言ってキサキの方を見つめて意地の悪い笑みを浮かべると、キサキは俺の方をキッとキツイ目で睨み返し…そして踵を返す。


「あと、狸オヤジも呼んでくれ。磯崎の問題にケリを付けてやるってな!」


 彼女が歩き出した直後、小さく見える背中に一言。キサキはピクッと反応して、こちらを睨むと、エレベーターで7階に降りていく。


「さて、仕上げと行こうか」


 セシルが傍に戻ってきて、妙な安堵を感じた俺は、目の前で転がる男の腹を思い切り蹴飛ばして体を仰向けにさせた。


「正直、コイツ以外は表の顔があるから脅すのは容易いんだが…こういうは日常風景の中にリリースするわけには行かねぇよな」


 そう言いながら、苦悶の呻き声を上げている男の首を掴みあげる。


「俺からお前に聞くことは無い。お前は只の証人だ。全てにイエスと答えるだけのな」


 磯崎にそう吐き捨てると、手を離して再び床に転がした。銃弾数発を食らった腕は予想以上に重傷で、銃創の隙間からは白い骨が見え…何よりも出血が激しい。俺は奴の高そうなスーツを破って簡易的な包帯を作ると、手際よく腕に巻き付けて血を止める。


「世界一高い包帯かもな。アルマーニだ」

「スーツで縛れば良かったんじゃないですか?」

「…結果論だ」


 そう言ってセシルの方を見やると、彼女は苦笑いを浮かべて煙草の煙を吐き捨てる。こう…ここまで巻き込んでいていうのもなんだが、セシルは随分とというか女だ。


「これからどうするんですか?結構派手にやっちゃったみたいですけど」

「アホ抜かせ。派手にやったのはコイツ等だ。俺は数発しか撃ってねぇよ」

「そうでしたか」

「まだ勤務中のオフィスに、真正面から乗り込んできて、一目散に俺の方目掛けてぶっ放して来やがった。どんなカラクリかは知らねぇが。新手が来ない辺りを見ると元々、俺じゃなくて、倉庫探ってた連中の口封じだったのかもな」


 そんな想像を語りつつ、手にした銃の弾倉を変える。古の銃特有の、メカメカしい接触音が聞こえる度、這いつくばった男の体が微かに揺れた。


「で、この惨状をどうやって収集付けるんです?」

「幸い、警察が飛んでこない辺りを見ると…誰も通報していないらしい。このまま上手くいけばスーさんにの依頼を出すし、呼ばれたら呼ばれたで、何とかするさ。どうせ捕まんのはコイツだ」


 そう言って、転げた磯崎の頭をサッカーボールキック。歯列矯正され、ホワイトニングされたであろう歯が砕け飛び、血飛沫の中に破片が飛び散った。セシルはそれを見て表情を顰めつつ、肩を竦めて呆れ顔を浮かべる。


「しかし、この人に何の怨みがあるんですか」

「別に。手持ち無沙汰なだけさ」

「もしかして、心配してくれたんですか?」

「……少しな。不味ったとは思ったよ」

「流石、ワタシの旦那様」

「まだ旦那じゃない」


 緊張感が抜けたところで、背後のエレベーターが音を立てた。俺は通路の壁に寄り掛かってその到着を待つ。


「早かったな」


 エレベーターから現れたキサキの表情は、さっきの虚勢すらも張れない程に強張っていた。彼女は手にしていた結束バンドの入った袋を俺に手渡すと、何も言わずに俺から距離を取る。


「安全に痛い目を見れて良かったじゃないか。ちょっとは、会社で働く人間の事も考えるようにならなきゃな」


 俺はそう言いながら、渡された結束バンドで石崎の手足を厳重に縛り付けた。少々キツ目にして、幾度となく巻いてやれば、コイツの力がどれだけ強かろうが千切れはしないだろう。


「さて…こんな廊下でお話するのも趣が無いな。アンタの部屋で話がある」

「分かったわ」


 キサキは俺の言葉に素直に頷くと、早歩きで通路の奥へと歩いて行った。さっきは警戒しっぱなしで突っ切れなかった通路をすんなりと奥まで歩いていく。


 一番奥の、重厚な木製の扉…キサキはその扉を開いて、そして足早に中に入っていった。俺は磯崎を引きづって中に入ると、適当な隅に磯崎を放り投げて壁に寄り掛からせ、最後のトドメとして顔を思い切り蹴り飛ばした。


「この男に会社を乗っ取られ掛けてたらしいな」

「どうしてそれを知ってるのよ?」

「調べたんだ。連中の動きが不穏なのもな。ま、蓋を開けて見りゃ、コイツがセシルの旦那に向かねぇってのは良いだけ思い知っただろ」

「……そうね」


 社長の席に座ったキサキは、そう言って煙草を咥えたままのセシルを睨みつける。


「煙草、ここじゃ吸わないで頂戴」

「はーいはい、っと」


 キサキに言われ、不機嫌味が一気に増したセシルは、ペッと煙草を分厚いカーペットに吐き捨てると、素早くそれを足でもみ消し、応接セットにドカッと座る。

 俺は思わず苦笑いを零すと、瞬間湯沸かし器の様になったキサキを手で制し、注意をこちらに引かせた。


「何?」

「まだ連れてきたい人間がいるんだ。5分ほど、親子喧嘩は後にしてくれるか?」


 そう言って俺は社長室の扉に手をかける。


「勝手になさい!」


 キサキにそう言われた俺は、浮かべた苦笑いを薄ら笑みに変えて、手にした拳銃をキサキに向ける。


「な、何の真似よ!?」

「俺が正常だって証だよ。お前さん、どんな育ちしたかしらねぇが、銃を持った人間にそんな態度を張るもんじゃねぇな」


 そう言って、テーブルに1発。

 流石のセシルもそれにはビクッと驚いて、驚愕に染めた顔を浮かべてこちらに振り向いた。


「ヨウさん?」

「人が下手に出てる間に思い知っとくもんだぜ?態度には気をつけな」


 明らかな脅し…プランには一切無い、素直な俺の怒りでもあった。キサキは悔し気な表情を浮かべたが、やがて怯えた素振りを見せる。それを見てニヤリとを浮かべた俺はこう言った。


「じゃ、黙って座ってろよ?」

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