-7-

「あぁ?」


 エレベーターを降りてすぐ、聞こえてきたのは不機嫌そうな男の声。その声は、一瞬の後にに変わった。


「ったく、社長室の近くで騒ぐんじゃねぇ」


 3人の男の俺は、気だるげな声色でそう言うと、周囲を見回して行動を始める。15階…社長室があるフロア、案内図を見る限り、どうやら幾つか会議室があるらしい。それをパッと眺めて、社長室の場所を見つけ出し、そっちの方に足を進める。さっき3人以外の人気は感じず、フロアは静寂に包み込まれていた。


 だが、油断は禁物だ。清水とやらの話によれば、磯崎も来ているらしいのだから。


 俺は慎重に社長室の方へと進んでいく。既にに染まった15階を、ゆっくりと見回しながら先へ進む。なるべく物音を発さない様に…なるべく気配を消しながら。


 頬に嫌な汗を感じたが、拭っている暇はない。角を曲がり、その先に銃口を向けて、ゆっくりと進んでいった。


「……」


 社長室は、エレベーターから見て一番奥にある。エレベーターを出て、右側の角を1つ曲がった先…その最果てに、ポツリとあった。


 ポーン…


 角を曲がって数歩歩いた俺の耳に、エレベーターの到着音が聞こえてくる。


「……」


 ピタリと足を止める俺。まだ、ここからならエレベーターの方が近い。壁に背を当てて、エレベーターから何が出て来るかジッと耳を澄ませた。


「え?キャ!なんなのこれは!」


 聞こえてきたのは、ヒステリックな女の声。俺はダッシュでエレベーターの元に駆け出した。エレベーターで逃げられて、警察を呼ばれたら非常に面倒だ。


「待て!」


 ダッシュで戻り、エレベーターに逃げ込んだセシルの母親に声をかける。


「来ないで!」


 そう叫んでエレベーターに飛び乗り、扉を閉めようとボタンを連打する女。俺は咄嗟に動きを鈍らせると、閉まりかけたエレベーターに腕を伸ばして扉が閉まらない様にする。


 セシルの母親…キサキは蒼白になった顔をこちらに向けたまま、頭を抑え、エレベーターの奥側で腰を抜かしてへたり込んでしまった。


「あ、アナタ!これが目的だったのね?あの男の仲間だったんでしょ!?」


 強がりもここまで来れば可愛いものだ。俺はエレベーターの扉を開けたまま、苦笑いを浮かべて首を横に振る。


「違う。セシルから連絡があって来たらこの様だ。アンタ、磯崎とかいう男に苦労させられてるそうじゃねぇか」


 銃をチラつかせながら、半ば脅しの様な声色で詰め寄ると、キサキは口を紡いだ。


「それが、この様だ。とりあえず、俺と来てもらうぜ」


 そう言って、腰が抜けたキサキに手を伸ばして彼女の腕を掴んで引っ張り上げる。ガタガタに震えたキサキは、何とか立ち上がると、俺の腕を振り払った。


「借りにはしないわよ」

「どうかな。全てが終わってから言うもんだ。俺の後ろに隠れてな」


 そう言ってエレベーターを降りる俺達。セシルが居ると思われる社長室の方へ、再び足を踏み出すと、さっきまでは感じなかった何者かの気配を強く感じた。感じたというより、耳にが聞こえるのなら、警戒も強まるというものだ。


 俺はキサキを制して足を止め、社長室の方から近づいてくる足音を聞いて、その主がやって来るのを今か今かと待ち構える。


「……」

「……」


 その足音は2人分。それが何者なのかは、想像する必要も無いだろう。


 時間が薄く延ばされた感覚。俺は銃を構えて、角の向こうから現れる2人の姿が見えるまで待つ。


 トン!


 床を蹴飛ばした音。

 俺は銃を構えていた手に力を込める。

 視界の先、最初に見えたのは栗色の長い髪。


 耳につんざくキサキの叫び声。

 角から突き飛ばされる形で現れたセシルを見た俺の心臓は一気に縮みあがった。


 引き金に込めた力をする直前。

 それを寸での所で持ちこたえ…

 直後、角から現れた銀色の銃口を見止めた。


「!!!」


 即座に照準を合わせて引き金を引く。

 計3発…2発は上下に外れて、1発がその銃に付けられた消音器を派手に吹き飛ばす。


「クソ!」


 毒づく男の声。

 俺は勢いを止めず、見えた腕に向けて更に3発、銃弾を撃ちこんだ。


「がぁ!」


 2発命中…

 男の腕から銀色の拳銃が零れ落ちた。


 そして、ついに男が…磯崎が角から姿を見せる。

 顔を見せたその瞬間、頭を締め上げ料理完了。

 腰を抜かして床に転んだセシルの背後に、ガタイの良い男が倒れ込んだ。


「セシル!」


 まだ警戒を続ける俺の横を、金切り声を上げたキサキが通り過ぎて行った。


「チッ…」


 それに毒づきながら、咄嗟に追いかける。磯崎が余計なことを起こせば、今までのは全て水の泡だ。


「よーし、大人しくしてろよ除隊米兵」


 苦悶の表情で倒れ込んだ男の背中に膝から勢いよく乗りかかった俺は、呻き声を気にせず体中のポケットを探り、他に武器を持っていないか確かめる。


「なんだ。その銃1丁だけかよ」


 そう言うと、俺は唖然とした表情を浮かべたセシルの方を見て、こう言った。


「予定が大幅に狂っちまったな。悪い…この男に何もされてないよな?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る