-6-

「残念なのは、こんなんじゃ人質にすらならないってことだな」


 俺は銃を突きつけた男に向けてそう言った。非常階段に俺の声が響き渡り、その裏で、男が痛みに悶える声が聞こえている。手元から零れ落ちた銃…俺はそれを拾い上げて、上着のポケットの中へ。


「ったく…」


 そう言いながら、男の首元を掴んでフロアに逆戻り。そのまま、近場の倉庫まで男を引きずり込んで明かりを付けると、男はそこにあった光景を見て目を剥いた。


「あーあ、あの男は流石に手遅れかもなぁ…死んだら確実に誰が撃った弾なのか、分かると思うんだが」

「この…嘘だ…」

「おっと、懺悔は聞かないぜ。アホ面浮かべて撃ちまくって来た方が悪い。とりあえず」


 俺は男への締め付けを、足元が覚束なくなった男の首元を掴んで強引にたたせ続けると、一番気になっていた事を尋ねた。


「お宅ら、一体何処からの差し金だ?」

「こ、答えると思ってるのか…?」


 思った通りの答え。俺はニヤリと趣味の悪い笑みを浮かべると、男を掴んだ手を離した。


「あぐ…」


 床に崩れ落ちる男。俺は、近場に落ちていたベレッタを拾い上げて状態を確認し…薬室に弾があることを確認すると、容赦なく男の肩を撃ち抜いた。


「!!」


 鋭い銃声が辺り一面に響く。


「どうする?」

「テメェ…」


 答えない男にもう一発。今度は鎖骨の辺りを撃ち抜いた。所詮32口径、余程の事が無い限り死にはしないし…まぁ、があっても仕方がない。


「分かった!言う!言うから!撃たないでくれ!」


 今度は悲鳴を上げた男。床に倒れ、頭を地面にこすりつけながら叫んだ男を見て、俺はベレッタをスイングトップのポケットに仕舞いこむ。


「吐けよ。どこから雇われた?」

「磯崎って男から直接だ!」

「アンタは何もんだ?」

「俺は…た、ただの…サラリーマンだよ。ヤクザじゃない」

「誤魔化す時はそう言うもんだがな」

「違う!財布を見てくれ!」


 一気に折れた男の言う通り、俺は血濡れた男の衣服のポケットから財布を取り出して、中身を確認した。


「ふーん…38歳。ヤンチャする年じゃねぇなぁ…清水さん。磯崎とはどういう関係だ?」

「も、元々、は、ハワイで知り合ったんだ」

「それがどうしてこうなった」

「や、奴が成功するのは知っていた。俺は、向こうで…ガンショップをやっていたんだ。た、ただの銃の愛好家だった。だが、ある日…磯崎に、金を積まれて、銃を、日本に流せないかと…持ちかけられた」

「ほう?…じゃ、アンタの持ってるやつもそうか」


 俺はそう言いながら、ポケットに入れた清水の拳銃を取り出し、見せつける。ベレッタ92…随分と銃だ。


「そうだ。何重にもルートを噛ませて、最後は横田の米軍基地にいる守衛に繋げた」

「で?なんだって今日、ここを襲った?」

「それは…知らない。奴に聞けよ。上にいる!」

「そうかぁ…真正面から乗り込んでやるか」

「お前じゃ無理だ。奴は米兵そのものだぞ!」

「どうだか。大した男には見えないが…に、してもなぁ…行くにはまだ早いんだよなぁ」


 そう言って、清水が付けていた時計を見やる。21時過ぎ…セシルの母親が会社にやって来るまでには、後少しかかるだろう。


「なぁ。個人的な興味なんだが、なんだって磯崎みたいな男に付いていくんだ?金か?」


 俺は清水の銃をポケットに仕舞うと、純粋な疑問を投げかける。頭が少しでもマトモならば、あのような男についていく奴など居ないと思うのだが…


「……」

「ん?」


 答えは返ってこなかった。項垂れた頭…俺は奴の頭を持ち上げて、そっと首元に手を当てる。脈はあるし、呼吸も出来てる…気絶してしまったらしい。


「なんだ。これで1人かよ」


 俺はを解くと、手にしていたモーゼルの弾倉を引き抜いて、予備と取り換えた。弾倉に残っていた弾は残り1発…勿体ないことをしたと思うが…まぁ、いいだろう。


「仕方がない。残りの連中を片付けに行くか」


 誰も聞き手が居ない倉庫の中で、ポツリと呟いた俺は、倉庫の明かりを消して廊下に出た。から乗り込むために、非常階段ではなく、エレベーターの方へと向かって行く。


 廊下を進み、突き当たりの丁字路を右へ…恐らく、襲撃してきた連中も乗って来たであろうエレベーター。ボタンを押してエレベーターがやって来るのを待ち構え、すぐにやって来たそれに乗り込んだ。


 エレベーターが閉まり、15階のボタンを押すと、エレベーターは音を立てて上昇を始める。右手に持ち直した銃を軽く点検し、安全装置を解除して準備万端。階層を示す表示を眺め、15階が近づくにつれて、徐々に心臓の鼓動が早まっていく。


 それで終わりなのだが…それまでに撃たれれば、アウトだ。幾らと言えど、不死身ではないのだ。


「ようし」


 エレベーターの上昇スピードが緩やかになる。俺は一つ深呼吸をして気持ちを落ち着かせると、ポツリとこう言った。


「これで総仕上げだな」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る