-5-

 銃撃戦、何度か経験はあるが…何度も経験してはいけないものだろう。俺のがある限り、銃など入用にならないのだが、こういう時に困るんだ。


「まだ夜中でもあるまい」


 毒づきながら、倉庫の扉に風穴が空いていくのを眺める俺。可哀想に、地べたに這いつくばってる数人に流れ弾が当たってる。死にはしない箇所だろうが…まぁ、助けに来た警察官にマトモな扱いは期待できそうにないな。


「無茶しやがって」


 穴の大きさから察するに、連中の持つベレッタじゃないのは明白だ。9㎜パラベラム弾クラス…俺は背中に嫌な汗を感じつつ、この先の展開を思い描く。相手はエレベーターを降りてきて、堂々と真正面から乗り込んできている様だ。ともなれば…さっきセシルと別れたのは悪手だったか…脳裏に嫌な予感が浮かんできた俺は、起きてもいない想像を振り払い、銃弾の雨が止んだのを見計らって反撃に出た。


 少しの間の後…静寂が辺りを包み込んだ頃。ロックが緩んだ扉に手をかけた俺は、遂に行動に出た。銃を左手に構え、そのまま外に銃を突きつけながら一気に飛び出し廊下の向こう側に数発。廊下を進んでいていた男たちは、大慌てで近場の遮蔽物に飛び込んだ。


 俺は勢いを緩めず、更に数発…男たちが飛び込んだ先に向けて銃弾を放つ。狭い廊下、遮蔽物はせいぜい、段ボールの山くらいのもの。当たれば貫通して、向こう側の人間に当たるのだろうが…乱雑に撃った弾にそんな期待はしていない。


 俺は廊下の角で一旦停止。そして、銃を角から出したまま、男たちが姿を見せる瞬間を待ち構えた。


 さっきの一瞬で、やって来た男たちの顔は目に焼き付いている。その瞬間に、いたのだ。次に顔が見れれば、だろう。


 全身の毛が逆立つ程の緊張感。俺は引きつらせた表情を浮かべたまま、その瞬間を待ち構える。廊下の角…もう一方は、さっき上がって来た非常階段にしか繋がらないから、裏をかかれる心配も無いし、気付けるだろう。


「!!」


 フッと気を抜いた瞬間、ゆらりと視界の先で動く影。俺はで握ったモーゼルの引き金を引きながら、


「あぁ!!」


 バチッと強烈な感触…凄まじい悲鳴と共に、廊下のど真ん中に1人の男がつんのめった。


「なんだ?何がおきた?」

「知るか!撃たれたんだ!」

「違う!弾は当たってない!」


 見えない所から男たちの怒声が響いてくる。どうやら、職員として残っているのはだけの様だ。


「畜生!」


 分かり易い掛け声を上げて出てきた男の同じ目に遭わせ、俺は足を先に進める。別に、非常階段で15階まで逃げても良かったが…の事を考えれば、襲撃者は殲滅したかった。


 素早く廊下を駆け抜け、近くにあった扉を開けてビスポークのオフィスへ。銃弾の数と聞こえてきた人の声から察するに、あと3人か4人は居るはずだ。オフィス中を駆けまわって誰もいない事を確認すると、再び廊下に出て周囲を見回した。まだ、相手が全員沈黙していない以上、油断は出来ない。頬に…いや、全身に嫌な汗を感じながら、俺はフロアの中を回っていく。


 だが、何処にも人の気配は無かった。聞こえてくるのは、空調の音と、エレベーターが動いている音だけ。


「まだいたよな…」


 念を入れて、数回フロアを回ってみたが、人影一つ見当たらない。俺はあちらこちらに目を向け、銃を向けて回ったが…手応えは無しだ。


「エレベーターで上がった?まさか…」


 再び倉庫の中へ。電気を付けて中を見回したが、光景はさっきと変わっていない。


「……」


 中の様子を見回して再び廊下に出た俺は、そこでようやく、非常階段の扉が空いている事に気が付いた。


「チッ!」


 迂闊だと思ったが、もう遅い。俺は顔を顰めて、非常階段の方に足を向ける。扉も何も無い廊下を駆け抜け、非常階段の重たい扉を開けて、その中へ。


「……!」

「動くなよ」


 慎重に中に入ったつもりだが、左右方向の賭けに失敗したらしい。背中にゾクッとくる感覚。筒状のモノが、背中に突きつけられて、耳に響いたのは男の低い声。


「テメェ、興信所の石井だな」

「あの男はそんなタマじゃねぇさ」


 両手を上げた俺は、嫌な汗を盛大に流しながら、動かせる範囲で周囲を見回す。


「そうか、じゃ、誰だ?テメェ」

「そうだな…」


 そして俺は解決の糸口を見つけた。この非常階段、踊り場に大きな鏡が備え付けられていたのだった。


「答えても良いが。後悔すると思うぜ?」


 チラリと見やると、上の階に繋がる踊り場の鏡…俺の影に僅かに隠れているが、男の顔がハッキリと映っている。俺の力はにいて、良いのだ。


「ふざけてんじゃねぇ、ぶっ放すぞ!」


 背後でドスの効いた声が聞こえた瞬間。俺は奴の

 実体が見えないから、多少、威力不足だろうが…背後で聞こえた蠢きから察するに、効果は抜群だ。


「おっと」


 呻き声に反応して、素早く反転…男が引き金を引く前に腕を掴み、股間を蹴り上げる。


「あがぁ!」


 1発の消音器越しの銃声が、非常階段に鳴り響く。空を切った銃弾、俺は頭との痛みに悶えて絶叫した男を見据えて、こう言った。


「形勢逆転だな。ちょっと付き合って貰おうか」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る