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「あ、店員さん!これ追加で!」
俺の目の前で、普段通りの調子を取り戻したセシルはテンションが振り切れていた。セシルに言い負かされる形でやって来た05メガタワー5階の飲み屋街。安い店が軒を連ねた狭い通りが幾多にも折り重なる、迷路と呼ばれるフロアの一角。セシルが良く1人飲みをしている場所ということで連れてこられた店は、焼鳥をメインに扱う小さな居酒屋だった。
「あんまし飛ばし過ぎるなよ?空きっ腹に酒は毒だぞ?」
「大丈夫ですよ!ワタシはちゃんと食べて来てるんですから!」
俺は昼飯ついでだったが、セシルは完全に夜更かしの酒盛り。テーブルの上にズラリと並んだ焼鳥を取って食べつつ、俺はコーラを、セシルはメニュー表の酒を制覇せん勢いで飲んでいた。
「お兄さん、大丈夫ですよ。この子、ウチに来たら毎回こうだから」
酒と料理を運んできた若い女の子が、そう言って手にしたものをテーブルに並べる。
「で、毎回千鳥足で帰るって?」
「いえ、不思議と帰る頃には素面に戻ってるんですよね」
「え?」
「そうですよぉ!ヨウさん、ワタシ、こう見えても真面目なんですから!」
「…ま、今日はお兄さんが居るから。ダメになっても大丈夫ですよね!」
「そう言う事だな」
俺は店員の子に苦笑いを浮かべて見せると、空いたグラスやら皿をテーブルの隅に寄せてやった。彼女は「どうも~」と言いつつそれらをまとめてトレイに載せると、重くなったそれをひょいと持ち上げて去って行く。
「顔馴染みらしいな」
「ですね~…初めて見る子なんですが」
「酔ってて覚えて無いだけだろ」
「そんなことないですよぉ~、ワタシ、こう見えてもこのお店の人は全員知ってます!」
「……だったら、後で聞いてみるか」
「そうしましょう~…なんで、知ってるんだろ。ホント」
緩い空気だったセシルが、急に素を取り戻してポツリと一言。その様子を見た俺は、ほんの少しだけ背筋が凍った。
「ま、新入りなんだろうさ。あの言い草じゃ、随分有名人らしいな」
「そうですねぇ~…まぁ、この辺のお店は手当たり次第に回ってた時もあるので、他所の店にいた子だったりするかもしれません」
「ホント、警戒心の無い奴だな。1人で飲み歩くなんてよ」
「それはぁ、まぁ、カメラの下を選んで歩いてますから」
「基本だな」
「それに、何も最初からだったんじゃないですよ?最初は家でお酒を飲んでたんです」
「…それで?」
「ヨウさんの事を調べてたら、ヨウさん、この島の監視カメラ設営の殆どに関わってるって分かって…」
「あぁ、読めた。そうだよな。そうだった」
「はい!カメラの位置、全部知ってますから!割合安全なルートを見つけることくらい、容易い事です!」
「だよな。確かに、メガタワーの中に居る限り、そうだった」
俺は自分のやって来た事を思い返しつつ、呆れた顔を浮かべてセシルを見据える。島の治安悪化を食い止めるために参加した監視カメラの設置事業。結果的に島の警察官が暇になる程の成果を上げられた訳だが…まさかそれのせいで居酒屋を梯子する女が出て来るとは、夢にも思わなかった。
「95年でしたっけ?ヨウさん、まだ島に来たばかりの頃ですよね」
「あぁ。そうだ。監視カメラを仕掛けまくってたな、場所を考えたのが、俺とスーさんさ」
「へぇ?…じゃぁ、その時からの付き合いなんですね」
「あぁ。最初はただの仕事仲間だった。俺は稼ぎも少なく、店の事は知ってても、会員にはなれなかったからな」
「でしょうね。ぼったくりレベルの会員料でしたもの」
「ま、そんなわけで、変な所で接点が出来て、なし崩しでスーさんの所の子飼いだったんだ。最初は」
「へぇ…」
「それが、あれよあれよという間に金が出来て、会員になって。子飼いからパートナーさ。何があるか分かったもんじゃない」
そう言って、久しぶりにあの頃の事を脳裏に思い浮かべる。仕事に疲れて職場に辞表を叩きつけてから1か月。昭京府に店を出すと言い出したタクトにくっ付てこの島に来て…奴の店を手伝いながら生活費を稼ぎ、諸々のバイトで貯えを溜めていた。そんな時に参加したのが、公共の監視カメラの設置事業だったんだ。
島から湧いた仕事。後ろめたい過去も無かった俺は、厳格な身辺調査をパスして入り込み、そこでスーさんやアキさんと出会った。あの身辺調査を逃れられるにも関わらず、腹にヤバいものを抱えてる2人と友好的な状態で知り合えたのは幸運だった。
2人とツルんで適度に穴を開けつつ…俺は表の事やら裏の事を色々教えてもらい…安い金で2人に雇われ、幾つかの仕事をこなしていくうちに、段々と昼夜問わず、働いて得られる金が増えてった。
その矢先に、タクトと繰り出した環状で事故ってこの体に。それでも、最初の2年は昼も夜も働いていたんだ。力を得たのは今から2年前…そのころには、自分が手を下さずとも金を稼げる仕組みが出来上がっていたから良いものの…そうじゃなければ、きっと俺はこの島にはいなかった。
「昔話は、もう少し先になってからしたいな。まだ、時効じゃないものも多いんだ」
俺は空になった焼鳥の串を串入れに入れつつそう言うと、セシルはニヤリと笑みを浮かべて頷いた。
「そうですね。ヨウさんが出て行った後、両親にヨウさんの本性を話したら震えあがってましたよ?」
「どんな尾ひれを付けたんだ。俺はせいぜいグレーゾーンの人間だぜ」
「ミュータントでしょう?それに、あんな真似出来る人がグレーゾーンで居られる訳が無いじゃないですかぁ」
「モノは言い様だな」
「はい。旦那様。そのお陰で、すっかり両親の牙が抜けたので、どこまでも付いていきますとも」
セシルはそう言うと、手にしたビールジョッキの中身を一気に飲み干してドンとテーブルに叩きつける。
「くぅ~!…禁酒した後の生ビールの上手さよ!」
「おっさんかよお前は。酒に煙草に…ホスト狂いなら役満だったぜ」
「あぁ、ワタシ、男の人って苦手なんですよ!」
「信じられねぇ」
俺の言葉に、セシルはチッチッチと指を振って見せると、こう言った。
「ヨウさんが特別ってことです!」
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