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隣のビルの裏口から中に入った俺達。こちらのビルに入った会社は、既に今日の業務を終えたらしい。薄暗い中、監視カメラに気を付けながら中を進み…窓同士が隣接し合っている場所を探し求める。
「向こうについたら、電話な」
「はい…と、言うか。ワタシは正面から入れたのですが…」
「確かにそうだ。ま、いいさ」
緊張感は、不思議と感じなかった。悪いことをしていることには違いないが、まぁ、普段から大小やっていれば気にならない。
「ちょっと待っててくれ」
「はい」
ビルの2階に上り、隣接しているであろう部分を虱潰しに回っていると、ようやく窓越しに侵入できそうな箇所を見つけた。見つけたというより、先客がそのままにした跡があった。確かにビルを移動してしまえば、こちら側を閉じる事は出来ないから仕方がないと言えど…なんなら向かい側のビルの窓は割られているが…まぁ、色々と強引な手口を使うものだ。
「2階なら…まぁ、許容か」
俺は窓から身を乗り出して下を眺める。割れた窓の残骸はあれど、大した怪我にもならなさそうだ。それを確認すると、俺はセシルを呼びに廊下へ。ここは、男子トイレの中だった。
「セシル、あったぞ」
「ここ男子トイレじゃ…」
「どうせ誰も来ねぇよ」
「そうですけど…」
「ま、通り抜けるだけだ」
お決まりなやり取りをしつつ、ちゃちゃっと男子トイレの中にセシルを連れ込む。そう言えば人聞きが悪いが…俺達は件の窓までやって来ると、先に俺が向かい側のビルに移った。距離にして数十センチ…どうやって建てたのかと思うくらいに狭い隙間。俺はそれを通り抜けて、本命のビルに辿り着くと、振り返ってセシルの方に手を伸ばす。
「潜って、俺の手掴んだら来れるだろ?」
「いやぁ、この格好で辛いですよ」
「良いから来いっての。誰も下から見ないんだし」
セシルの冗談めかしな軽口に大真面目に返すと、セシルはニヤリと笑って窓に手をかける。そして、俺の手を掴み…そのままこちら側へ。抜けた先は、女子トイレらしかった。
「これ、出る瞬間を見られてたらヨウさんの立場が危ないですよね?」
「暗いんだし、イザって時は一瞬で眠らせられるから大丈夫だろ」
「それもそれで問題があるような」
そう言いつつ、セシルが先に扉を開けて、周囲を見回してくれる。入念に見回して、サムアップ。俺達は無事に廊下に出ると、フロアの中の、倉庫の様な部屋に入って一息ついた。
「今は2階だから、こっから3つ上がれば、深夜残業をしてる連中に会えるわけだ」
「会ったらダメですけどね…」
「あぁ。見つからない様に行かないとな。その前に、親に連絡を」
「分かりました」
散策の前に、舞台を整えねば。暗がりの中で、セシルは俺に言われた通り親に電話をかけて、事情を話す。携帯越しから、母親のヒステリックな声が幾度となく聞こえてきたが…セシルの身の危険を知ると、その声は鳴りを潜め、シリアスな声色に変わっていった。
シリアスな声になればなる程、聞こえてくる言葉遣いも、雰囲気も何もかもが良い方に一変する。案外、仕事の時もこれくらいのテンションなのだろうか?そうであれば…簡単に俺らが有利になれる訳だが…
セシルと母親の話が終わり、再び倉庫に静寂が戻ってくる。セシルは携帯電話の明かりで顔を照らし、ニヤリと笑って見せた。
「これでいいですか?」
「上出来だ。じゃ、侵入者探しに入ろうか…どのあたりに居るか、想像できるか?」
「さぁ…ただ、会社の明かりが付いている以上、倉庫とかそっちの方ですよね」
「倉庫ね…何があるんだ?」
「倉庫というよりは書架みたいなものですか。書類置き場です。昔からの」
「ほぅ…まぁ、そうだよな。失点してるなら、更に相手の痛手を探るしか無いわけだ」
「ビスポークなら、7階でしょうか」
「社長室は?」
「15階の端にあります」
「OK。暫く探って、安全が確認出来たら…そこに向かってくれ。母親が来て、いないってのも問題だろ」
「分かりました。それなら、1時間以内にやらないとダメですね。今、千葉らしいので」
「了解…1時間ありゃ十分だ」
俺はそう言いながら、スイングトップから取り出した拳銃を組み立て、サイレンサーを銃口に取り付ける。大柄なのが毎回気になるが、こういう時は威圧感があって良いだろう。
「撃ったら不味いですよ?」
「事の次第だな。連中が持ってないとも限らない」
「何時からアメリカになったんですかね…」
「元からだな」
そう言って、倉庫の扉に手をかける。
「俺の後ろに居てくれよ?案内は頼んだ」
「わかりました」
確認を1つして、再び廊下へ。明かりの消えた、非常灯しか付いていない薄暗い廊下を歩いていく。
「非常階段以外で上に上がれるか?」
「表通りになっちゃいます」
「だよなぁ」
苦い表情を浮かべながら非常階段の扉を開けて中に入った。この手のビルに限らないと思うが、非常階段は、音が響くのだ。コソコソとした行動には向かない。
俺達はなるべく音を立てない様にしながら、階段を上がっていく。それでも、時折響く音が鳴ってしまい、心臓が縮みあがったが、幸運にも俺達に気付く人間は1人も居なかった。
「気を付けてください。この先はまだ業務中です」
「オーケー…」
やって来た7階、非常階段の扉を開けて、そっと先に進む。その先は、通常通りの明かりが灯った廊下。手にした拳銃を、上着の内側に隠して周囲を見回すと、セシルが俺の袖を引っ張った。
「倉庫は向こうの突き当りにあります」
「分かった。ここはもう表通りか?」
「はい」
「ならば、ここで一旦お別れだ。エレベーターで社長室まで向かってやれ。目立っても、娘と言えば不審がられないだろ?」
「分かりました」
ここでセシルを一足先に舞台に上げる。俺は去り際に、セシルにこう言った。
「明日からは大手を振って歩けるぜ。あの親とのイザコザも、これで最後だ」
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