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スーさんに仕事を頼んでから1週間が経過した。ちょいちょい店に顔を出して進捗を聞く限り、経過は順調らしい。裏から手を回した人間が、セシルの母親に部下の裏切りを密告した。案の定ヒステリーを発症した彼女は、石井を使って裏切った部下を詰め、そして磯崎の会社の人間の周りを嗅ぎまわり始めているそうだ。
通話を盗聴する限り、こちらの思惑通り、母親は磯崎をセシルの許嫁にするわけにはいかないと考えを変えたらしい。磯崎も磯崎で考えが足りないなら、この母親も母親で、先の事に対して考えが足りない。
俺は事の顛末を聞いて、なんか変な脱力感を感じていた。
こんな連中でも金を生み出せる分、世の中の豚とは違う訳で…
だが、こんな連中が金を持つと、大抵碌な事にならない訳で…
今いるのは、セシルが住む03メガタワー36階のレストラン。そこでセシルと共に朝食を食べながら、俺達は他愛の無い雑談を交わしていた。
「そう言えば、大学ちゃんと行ってるのか?」
「まぁ、サボる頻度は増えましたが…ちゃんと行ってますよ」
「凄いな…幾らショートスリーパーって言っても、俺なら行けないわ」
「何だかんだ、自分で決めた学科ですからね…受けたい講義もあるわけで」
「それもそうか」
珍しく、最近の件に関係の無い話で盛り上がる。俺はスパゲッティを食べつつ、セシルは簡単なデザート類を突きつつ…久しぶりに、何も無かった時の様な雰囲気で話していた。件の件で詰めた小泉とやら…磯崎の子飼いの姿は、もう厨房には見当たらない。周囲には、それとは別の意味で緊張を強いられそうな有名人がチラホラと見えるが、それは段々と慣れてきた。
俺は残り1口分を口に入れて、余り噛まずに飲み込むと、ウーロン茶で口内をスッキリさせる。そしてレストラン内を見回すと、改めて苦笑いを浮かべた。
「しっかし、ここが日本だとは思えないな」
「まぁ…ヨーロッパ被れと言われれば間違いないでしょうね」
「違いない。今はまだピカピカだから違和感なんだよな。もうちょっとこなれてきたら、雰囲気出るんだろうが」
そう言いつつ周囲を見回していた時、不意に俺の携帯が音を鳴らす。そんなに大きくない着信音、だが、周囲数人の気を引くには十分だった。
「おっと」
俺は目線を感じて嫌な汗を背中に流しつつ、携帯を取り出して電話に出る。
「もしもし?」
電話の相手は、スーさんだった。内容は簡単…磯崎の子飼い連中が会社に忍び込んだらしい。俺は口元に嫌な笑みを浮かべると、セシルの方へと目を向ける。
「分かった。動くまで早かったな…多分、1時間もかからない。うん。3,40分て所だ。了解…ありがとう。うん、あぁ、今日でケリだな。上手くいけば」
報告を受けて電話を切ると、セシルは既にレストランを出る準備を整えていた。
「何かあったんですね?」
「あぁ、東京に出よう」
問いに対して短くそう答えると、セシルは少し表情を強張らせて、頷いた。
*****
03メガタワーから環状に出て、湾岸、アクアラインを飛ばしてやって来た旧首都高。助手席のセシルは、この間ほどでは無いが、全身をガチガチに固めて、フロントガラス越しの光景に釘付けになっていた。
そんなハイペースという程ハイペースでも無いのだが…俺はオービス手前で減速して取り締まりをやり過ごすと、再び加速する。目指すは港区にある、母親の会社のビルだ。
「セシル」
「な、何ですか!?」
「親と連絡は付くんだよな?一応」
「え?は、はい」
「今から行く場所に、いると思うか?」
「いえ…いないと思います」
「ビルに着いたら呼び出せ。1時間後に、母親の会社の社長室。磯崎とやらも呼べってな」
「理由はどうつけるんです?」
「簡単だ。襲われて、ビルに逃げ込んだとでも適当に。飽くまで、お前が磯崎一派に襲われたと言うんだ。そうすりゃ、食いつくさ」
そう言って、俺は出口に向けて減速を始める。セシルは俺の言葉に頷くと、深呼吸を数回してから、煙草を取り出して1本咥えた。
芝公園で旧首都高を降りて、目に付いた適当な立駐に車を預けた俺達は、少々早歩きでビルに向かう。今はまだ夜の20時過ぎ…就業時間はとうに過ぎているはずだが、間違いなくビルの明かりは付きっぱなしのはずだ。
駐車場から徒歩5分、目当てのビルに辿り着いた俺達は、上層階に明かりが輝いているビルを眺めて立ち止まる。
「これ、全部母親の会社が入ってるのか」
「いえ…自社ビルですが、5階位までは別の会社だったような」
「それでも凄いな。じゃ、明かり付いてるところは全部そうだ」
「ですね…ならば、中に人がいるんじゃ…」
「だろうよ。それで態々スーさんが電話寄越すって事は、どっか裏口でもあるんだろうさ」
俺はそう言いながら、セシルの手を引いてビルの周囲を探り始めた。
「で…連中は何処から入って来たのかなと…」
雑居ビルにしか見えない、少々くたびれたビルの周囲を探った俺は、ビルの裏手側…隣のビルの、勝手口みたいな扉が半開きになっていた。
「はーん…」
その上を見て見れば、確かに窓を通してビルとビルの間を越えていけそうに思える。俺はその様子を見て、セシルの方を見ると、隣のビルを指してこう言った。
「見つけた。さ、乗り込んでやろうぜ」
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