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 磯崎の子飼い連中を潰して回って早1週間。島内にいる奴等は殆どを終えようとしている頃。俺はセシルを連れて東京までやってきていた。


「そろそろ教えてくれても良いじゃないですか。何処へ行くんです?」

「んー…クラブ?」

「へ?」

「磯崎の会社の社員が良く使ってるらしいぜ。雑誌に書いてた」


 向かう先は、渋谷のとあるビル…その地下にあるクラブ。クラブと言っても、最早ディスコというか…いや、ライブハウスみたいなものだろうか。上手く言い表せないが、それらの要素がごった煮になっている様な場所。


「何となく…思い浮かんでる事があってな。その確認だ」

「ワタシが居ても大丈夫なんですか?」

「店の中で事を起こす様なアホじゃない。ま、俺の傍からは離れるなよ」

「言われなくても離れませんよ」


 そう言ってセシルが俺の左腕に絡み付いてくる。僅かに不安げな表情が顔に滲んでいるのを見て、俺は茶化すのを止めた。


「ま、遠くから眺めてるだけさ」


 渋谷の人混みを抜けて、ビルの中に入っていく。階段で地下に降り…諸々を済ませて、ドリンクを手にしてクラブの中へ。


 中に入ると、体を震わせんばかりの大音量が体中をつんざいていく。広いワンフロア…暗いフロアの中で、人々が妖しい空気を作り出していた。


 ビルや階段には、人影1つと見えなかったというのに、大した量だ。俺はセシルの腕を引いて、フロアの隅にあった階段を上り、ロフトの様になった、人の少ない高台に避難した。


「ここなら話し声が聞こえるよな!?」


 セシルに普段よりも大きな声で尋ねると、彼女はサムアップして答える。案外、こう言う場には慣れていないらしい。唖然とした様子で、クラブの中のあちこちを見回していた。


 俺はセシルを傍に置いたまま、ロフトの柵にもたれかかって目当ての人物を探し求める。雑誌の写真に写っていた会社の人間の顔は、ある程度頭の中に入っていた。


「なんだって、こんな事を答えたかな。いや、書く方も書く方か」


 自らの力を誇示するかのように、こんなクラブで遊んで暮らしてる風な事をインタビューで語っていたが…連中が妙にズレている証なのだろう。大半の人間なら、煽られている様にしか思えない答えというか、ライターがそれを煽っているというか…殆どの人間にとってはその程度の情報だったが、まさかこんな形で有効活用されるとは、誰も夢にも思っていないはずだ。


 暗い会場の中、目を凝らして1人1人顔を見て回り…そして、遂に写真に写っていた人間に行き当たる。俺はセシルの気を引いて、見つけた人物の方を指さした。


「いたな!」

「はい!でも、どうするんですか!?」

「何もしないさ!あの男の事を眺めてな!」


 俺はそう答えて、見つけた人物からジッと目を離さない。何となくだが、あの雑誌の記事を見た俺には、1つ考えが浮かんでいた。連中が態々このクラブを使っていることを大っぴらに話した理由。それを記者が記事に載せた理由。邪推と言われればそれまでだが、奴等は客を釣ろうと思ったのではないだろうか。


 いま勢いのある投資会社…あの雑誌を手に取るのは、恐らくそこそこ収入がある連中だろう。そんな奴等に向けて、と宣伝する。そうすれば、興味を持った人間がコンタクトを取ってくる…と思ったのだが…どうだろうか。


「おっ」


 俺が目を付けていた男の所に、1人の女がやってきて声をかけた。男は話しかけてきた女の方を向くと、気味悪い位の営業スマイルを貼り付けて応対し始める。内容は分からなかったが…さっきまで見ていた男の素の態度から察するに、とみて間違いないだろう。どうやら、俺の邪推は正解だったらしい。


「ヨウさん…」

「あぁ、来たな」

「いえ、あの女の人、母の会社の幹部ですよ」

「はぁ!?」


 眺めている横から告げられた事実。俺は思わず声を上げて、セシルの方に顔を向けた。


「マジか!?」

「はい。あの様子じゃ、何かやってますよね?」

「違いないな。親しい友人じゃ無さそうだ。そして、その情報だけありゃいい」


 そう言うと、俺は再びフロアの方を見回して、セシルの手を引いた。


「長居は無用だな」


 殆ど口を付けていないドリンクを適当なテーブルに放置して、俺はセシルの手を引いて外に出る。鉢合わせするかどうかだけは運任せだったが…幸い、運は俺達についてきてくれたらしい。何事もなくビルの外に出て、渋谷のハチ公前広場まで来ると、ようやく俺達は一息つけた。


「なるほどな。あのやり取りの中身を知らなくても。接触してるってだけで十分だ」

「十分と言うと…?」


 そう言う俺に、セシルは煙草を取り出しながら聞いてくる。俺は悪い笑みを浮かべて、セシルに尋ねた。


「あの女、顔と名前知ってっか?」

「え?えぇ。一応…何度か話したこともありますし」

「ようし。スーさんの所に行ったら、もう1つ依頼を追加しよう。あの女には悪いが、ちょっとばかり利用させてもらうぜ」


 俺はそう言うと、ポカンとした表情で煙草を咥えたセシルにこう言った。


「あの女を利用して、磯崎達に会社を襲わせてやるよ」

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