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「さて…どうするか」


 スーさんに島のを依頼した次の日。俺は、久しぶりに自宅で目を覚ました。セシルはスーさんの手伝いでスーさんの店にいるから、店が閉まる1時頃に拾いに行くとして…それまで何をするか。寝起きで眠い頭をフル回転させながら、この空き時間で出来る事を考える。


 とりあえず、今やっているのはを壊す作業。何れは磯崎本人にならないのだが…そうする為には、今の所どう考えてもあの両親の力が必要になる。


 そこで俺達がという体裁になってしまえば、セシルの為にならないだろう。どうにかして、自然な形で様に仕向けなければならない。そこに、ヒーローは遅れてやって来ると言わんばかりに乗り込んでいって、派手に暴れて一件落着…それが一番だ。激情型の人間は、その手の展開に。だからこそ、面倒な事を起こす必要があるのだが…その手はどうにも思い浮かばなかった。


 石井に言ってあるのも、せいぜいセシルが狙われている程度の情報だし、そもそも、あの男がそこから石崎に辿り着けるかと言われれば、微妙だろう。かといって、それを堂々と俺がバラせば…曲解からのややこしい展開が待ってそうだ。


「参るぜ。全く」


 俺は洗面所の鏡に映る自分に向かってそう言うと、パン!と頬を叩いて寝室へ。外に出る為の私服に着替えると、その上からスイングトップを着て、内ポケットに木製のケースを入れた。


 そして、居間に出て…財布と携帯を持って、車の鍵を手にして部屋を出る。とりあえず…やる事が思いつかないから、もう喫茶店に向かってしまおう。そう決めてエレベーターへ…21階まで降りて、駐車場に出た俺は、定位置に停まったローレルに乗り込むと、エンジンをかけて、環状線へと出て行った。


 *****


 02メガタワーに着き、喫茶店へ…とも思ったが、俺はその前に寄り道をしていた。寄った先は、18階にある巨大な本屋。なんとフロアの4分の1近くの広さという、日本で最大級に広い本屋に足を踏み入れた俺は、セシルの両親や磯崎の事が書かれた本が無いか探し回る。


 セシルの両親で言えば、恐らく伝記系…だろうか?それとも、ジャーナリスト被れが書いた新書か…それともビジネス系の本だろう。磯崎の事は…流石にピンポイント過ぎる気がするが、奴の投資会社の成長ぶりからすれば、何らかの雑誌で取り上げられていてもおかしくない。


 だだっ広い本屋を見回しつつ、広さに見合う一般人を避けつつ俺は並んだ本を見て、何となくピンと来たものを手にとっては眺めていく。案の定、セシルの両親について取り上げられた本はすぐに幾つか見つかった。


 グループがどのように成長したか、グループの抱える問題点を赤裸々に取り上げたもの。両親の人生について語られている本は、見つけられなかった。それは当然…というか、らしい…と言うべきだろう。日本人なのに通名紛いの名前を使って堂々と活動する連中…個人的な事を聞かれるのは、きっと何よりもNGなのだ。


 俺は5冊の本を抱え、更に別の本を探し求める。今度は、お堅い本ではなく…月刊誌の方を探して適当に見て回った。投資に関係する話題を取り上げた雑誌…若者の流行りを取り上げた雑誌、ファッション、車に時計…奴、磯崎から感じる雰囲気の雑誌を手当たり次第に眺め…


「お…」


 遂に見つけた。


 高級車と高級腕時計を中心に取り上げた、ハイソ向けの雑誌…とでもいうのだろうか。お高く留まった雑誌のド真ん中、近頃急成長を見せる会社を取材している記事に、磯崎の会社が取り上げられていた。その雑誌も加えて6冊の本をレジに持って行く。どうせ暫くはの掃除…読む時間は十分にあるだろう。


 本が詰まった袋を手に本屋を後にした俺は、エスカレーター12階へ。あとはいつもの道順を辿って、喫茶店の扉に手をかけた。


「いらっしゃいませ!」


 出迎えてくれたのは、スーさんの他に数名いるウェイター…いや、彼女はウェイトレスと言うべきか。


「今日はエリさんか」

「スーさんはセシルちゃん?って子と何かやってますからね」

「俺もその中に混ざりに来たんだが」

「知っていますよ。こちらへどうぞ!」


 彼女もまた、この店のの一部だ。俺は彼女に席まで通され、去り際にを頼むと、なにやら紙の束に囲まれたスーさんとセシルの方に顔を向けた。


「よう。首尾はどうだ?」

「おはようございます、ヨウさん。順調ですよ」

「凄く助かってるよ。思ったよりは早く終わりそう」


 ソファに座ると、向かい側には煙草を燻らせたセシルと、少し毒気を抜かれたような顔を浮かべたスーさんが見えた。


「どうしたんだ?スーさん、疲れた顔してるぜ」

「いや、ミナミさんが来るまでに色々と話してたんだけどね」

「まぁ、ワタシの事だけ話すのもって思って、スーさんの事を色々調べ上げたんですよ」

「なる程、情報屋も廃業が近いか」

「いや全く。この子に弟子入りしようかなと思ってさ」


 俺はスーさんの冗談に笑うと、セシルの方に目を向けた。彼女はいつも通り、澄ました様子で煙草を咥えている。


「ま、表側の情報だけだろ?」

「そうなんだけどね。いや、1つだけ裏を抜かれたか」

「ほぅ。それでその顔か」

「全くさ。で…珍しいじゃない。本屋に寄って来たの?」

「あぁ。俺も、少しは勉強しないとな」


 そう言って、袋の中身をテーブルに並べる。


「なるほど」


 本を見たセシルがポツリと呟く。俺はその中の1冊を手にして、それを開きながらこう言った。


「どうやってケリ付けるか、案はあるが中々纏まらなくてな。そのヒント探しだよ」

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