マッチポンプ
-1-
全ての情報が揃ってから3日後。俺とセシルは、久しぶりに夜の昭京府に繰り出していた。
「そろそろでしょうかね?」
「どうだか。この間はこれ位の時間だったよな」
ダッシュボードに備え付けられたデジタル時計は、21時半を指している。今いる場所は00メガタワーの21階、普段とは違う場所に車を止めた俺達は、エレベーターから出て来る人間に目を光らせていた。
「素直に認めはしないでしょうね」
「だろうよ。あの時はバッチリ決め込んでたが、写真はくたびれたオッサンだったからな」
「でも、車を持てる程には稼いでいると」
「いや、よく見れば名義が違った。あのオッサンの足には変わりないが」
「そうでしたか」
俺がローレルを停めた場所は、件の襲撃があった際にBMWが出てきた辺り。エレベーターの近く、00メガタワーに住んでいる人用の駐車場から、1つ外側に設けられた一般駐車場の片隅だ。
運よくBMWが見える位置に停められて、その持ち主を待ち構えている。情報を整理してまず手を付けた事は、磯崎の周囲…、達を襲撃してきた人間を潰して回ることだった。
「今回はどういう手を使うんですか?」
「ここはカメラだらけなんだ。素直に真正面から話しかけるさ」
行動を始めて3日目。最初にやる事は、磯崎の子飼い達の殲滅だ。磯崎の会社の子飼いの連中は、どいつもこいつも、それなりに表の顔を持っている只のサラリーマン。それなりの証拠を持って揺すれば、簡単に墜とせる。
だが、只のサラリーマンと言えど、そのバックグラウンドはエリートの落ちこぼれみたいなものだった。プロでやって行けなかった元野球選手、格闘技でプロに上がれず挫折したボクサー…目指していた戦闘機パイロットの道を怪我で断たれた元自衛官…そんなエリートくずれな過去を持つ奴ばかり。それでも、この島や東京で成功を収め、一般よりは遥かに高い金を貰って、何一つ不自由していない連中が、磯崎の子飼いになるのだから不思議なものだ。
そんな高慢ちきなプライドを拗らせた連中が、インターネットを通して、副業として磯崎に雇われ、俺等を襲ったときの様に徒党を組んで汚れ仕事を請け負う。報酬は全て成功報酬で、金額は表でもそれなりに稼いでいる連中の月収の倍程度。そうなれば、怪しいと分かり切っていても手を出す奴だっているわけだ。
「新進気鋭ね。う少しクリーンな手を使えば、自ずと賛同を得られたものを」
俺はポツリと呟く。俺が磯崎の立場なら、もう少し調査に費やしてそのうち國枝グループが危うい組織だと気付くだろう。そうすれば、ぐらついている所からジワジワ浸透して…タイミングを見計らって、グループの背骨を折ってやる。それだけで、グループは乗っ取れるし、後は人として当たり前の事をやっておけば勝手に成長してくれるはずだ。
「しっかし目ん玉を金マークにすげ変えた連中程、怖いものは無いな」
そう言ってセシルの方をチラリと見やると、彼女は窓を開けて煙草を咥えた所だった。
「だからこそ、有り得ない程の成長もあるのでしょうね。ニュースに出て来る有名投資家とやらが、妙に人間味が無い理由が分かりましたよ」
「奴等の頭の中には数字しか浮かんでなさそうだな。俺も似た様なものだが」
「まさか。ヨウさんはどれだけお金を稼ごうが、ヨウさんのままですよ。変わら無いです」
「そうか?日に日にダメになってってる気がするんだが」
「全然。寧ろ、こんなことを平気でやっても、非情になり切れないじゃないですか」
「褒められてんだか舐められてんだか」
俺はそう言って苦笑いを浮かべると、丁度エレベーターのランプが灯った。俺達は口を閉じて、エレベーターがこちらにやって来るのを待ち構える。
少しの間。
エレベーターのランプが消え、扉がゆっくりと開いた。
「ようやく来やがったか」
見えた人影は、この間俺達を襲ってきた男。俺はセシルに合図を出し、エンジンを切って車を降りる。男からすれば、偶然、このタイミングで車を停めて、降りてきた2人組にしか見えないだろう。当然、男は俺達の事を視界に入れるが…素知らぬ素振りを見せてすれ違う。
すれ違った瞬間、俺の口元は嫌らしく吊り上がった。
「ほう、誤魔化すのも仕込まれたか?小泉さんとやら」
足を止めて、男の方へ振り返る。小泉と名を呼ばれた男は、怪訝な顔をしてこちらに振り向いた。
「はい?どちら様でしょうか?」
「とぼけても無駄だぜ。この間、俺等を捕まえそびれて、稼ぎをフイにしたはずだ」
とぼける男に、俺はクシャクシャに丸めた写真を小泉に投げ渡す。それは、あの日、監視カメラにバッチリ映っていた彼の仕事着姿。
「わかりませんね。これが私な訳ないでしょう?この格好を見たらどうです?」
「じゃ、これは?」
誤魔化すと分かり切っていた俺は、嫌味な笑みを浮かべて、もう一枚の写真を見せる。それはこの駐車場の中で取られたカメラの映像…目の前の、とっぽいサラリーマンが、バッチリとした姿に変わっていく様を克明に映し出していた。
「な…」
「流石に車の中ならセーフ…だとでも思ったか?カメラってのはな。四隅に置いて終わりじゃねぇのさ」
そう解説しながら、俺は奴の線を繋ぐ。小泉は頭の痛みに顔を歪めながらも、車の方へと足を踏み出した。
「おっと、ちょっと待ちな?」
逃げる度胸があるとは大したものだ。流石は元プロ野球選手。体力はあるらしい。男への締め付けを更に強めた俺は、足を止めた男の肩を掴んでこう言った。
「喧嘩売る相手を考えなと言いに来ただけだ。ちょっと付き合って貰おうか」
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