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 少々遅めの昼食、頼んだのは…何の変哲もない焼きそばだ。だが、こういう場所で食べると、こんなものですら高尚な料理に見えてくるものだから、感覚というものは曖昧なものだ。


「ん?」


 それを殆ど食べきり、残りあと僅かとなった所で、俺は妙な所から視線を感じた。口に含んだ焼きそばを飲み込み、お冷で口元をスッキリさせた所で顔を回す。何となく、見られている気がした方向…それは、厨房の方だった。


「どうかしましたか?」


 向かい側で、3本目の煙草を吸っていたセシルが尋ねてきた。俺は肩を竦めてセシルの方に顔を向け、厨房の方を親指で指して見せる。


「なんか視線を感じてな」

「あぁ、ヨウさんは別の意味で目立ってますからね」

「…確かにそうだった」


 小さな笑みを浮かべたセシルにそう言われ、俺は自分がであることを改めて思い知らされる。この手の施設の人間の出来が良いから、余り奇異な扱いも、目線も受けてこなかったが…連中も1人の人間、こんな時間に女子大生にくっ付いて来る形で来店して、1人で焼きそばを食べる一般人男性ともなれば、気にならない方がおかしい。


「早い所片付けて、部屋に戻ろうぜ」

「そうですね。でも、ヨウさん。何れはこの光景が当たり前になるんですよ?」

「……死ぬまで35階以下に降りなくなりそうだな」

「1年も経てば、ヨウさんの事です。飽きたとか言い出して動き始めるでしょう」


 セシルにそう言われた俺は、ニヤリと砕けた笑みを浮かべる。そこにもう一度、強烈な視線。今度は、バッチリ俺と目が合った。何気なくセシルから目を逸らした時、厨房の奥に居る1人の人間が、俺達の方をジッと見据えていたのだ。


「……ヨウさん?」


 目を見開いて、すぐ焼きそばに手を付けだした俺に、セシルが問いかけてくる。


「やっぱ、どうも目立つらしいな」


 俺は詳しい訳を話さず適当に誤魔化すと、急いで残りの焼きそばを片付けた。


「よし…食った」

「何かがあった様な割りには、食べるんですね…」

「食わないと頭が回らないからな。それに、こんな場所で事を起す阿保は居ないだろ」

「まぁ、そうですが」


 全て食べきり、最後に水を飲み干して、席を立ち上がる。この手の施設利用に対する支払いは、月々の家賃に上乗せされる仕組みになっていた。だから、出る間際にボーイさんに一言いうだけで良い。


 こうして、ここ数日はセシルに奢ってもらう形がずっと続いているが…まぁ、今は外面など考えないでおこう…気にしだすと、止まらない。


「複雑だな」

「何がです?」

「こっちの話だ」


 俺はそう言いながら、レストランからの去り際に厨房に繋がる窓を覗き、さっき俺達の事を見つめていた人物がいないか軽く探った。


 結果は、ビンゴ。


 さっき覗いていた男は、俺達の事を気にしていないといった風に手を動かしているが…俺の記憶力を舐めてもらっては困る。その男はコック帽やら服装のせいで分かりにくいが、さっきの資料で見かけたで間違い無さそうだ。


「帰ったら、幾つかやる事が増えたな」


 レストランに出て、俺はボソッと呟く。セシルは首を傾げたが、何も言わなかった。


 廊下を歩いてエレベーターへ…それから37階まで上り、セシルの部屋まで一直線。部屋に入ると、俺は深い溜息をついて、ここ数日定位置となっている、セシルのデスクの後ろ側の棚に腰かけた。


「最後のは何だったんです?」

「あぁ、磯崎幸也の資料に出てた男が居たんでな。視線を感じると思ったが、間違いなくヤツだ」

「え……」

「名前は忘れたが、確かメガタワーの飲食店勤務になっていたな。どういう役割をしていたかは知らないが…監視、だろうか」


 俺はそう言いながら、俺の部屋から持ってきた資料を開いて、さっき見かけた男のページを探し出す。少しかかって見つけて、それをセシルに見せると、彼女も何度か見覚えがあったのだろうか…僅かに顔を青くさせて、表情を引きつらせた。


「石崎の会社の連中、お前の何を探ってるんだろうな」

「さぁ…」

「手を出してこないのも不思議だ。…あのホワイトボード借りて良いか?」

「どうぞ」


 俺は近場にあったホワイトボードに手を伸ばして引っ張ってきて、そこに今分かっている事を全て書き出した。


 セシルの両親、石川…にすべき人間。磯崎を始めとする投資会社関連のべき人間。舞台に上がる人間を羅列し、そいつらのやろうとしていることを大まかに書いていく。


 大枠は単純、磯崎がセシルの母親、キサキの経営する会社"ビスポーク"の乗っ取り。キサキは抵抗を見せたが、磯崎の方が一枚上手…セシルを磯崎をくっ付けることで影響力の維持を狙う手に出たが…という所。


 キサキ達の対応はその場その場での場当たり的なものばかりで、とてもじゃないが解決する様には思えない。セシルを奴にやった所で、お飾りも良い所という扱いになるのは目に見えている。


 磯崎を始めとする連中は…恐らく"ビスポーク"を手始めに別の会社にも手を出す気だろう。まぁ…内情を知ればグループ全てを乗っ取れるとも思いたくなるが…そうする気だ。


 別に、俺が態々手を回す必要も無いというか…助けてやる義理は1つも無いが。この状況を打破してやれば…つまり、磯崎達を、これ以上に無い恩になる。そうすれば、半ば強引にでもあのタコ夫婦を出来るかもしれない。いや、出来るだろう…元々単純な連中なのだから、可能性は十分に高い。


「問題は折っていく順番か」


 俺はホワイトボードにひとしきり書き込むと、そう呟いて、セシルの方を眺めてこう言った。


「そこまで根深い問題じゃないさ。まだ、俺達で解決出来る。ちょっとやってみようぜ」

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