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スーさんから貰った資料を読み続け、読み終わって、気付けば深夜1時を回っていた。俺達は昼食の為に、そして気分転換のために外に出る。目的地はセシルの住む03メガタワー。そこの35階以上に住む者の特権。36階にある、24時間営業のレストランだ。
「3日で慣れる訳も無いが、いつ来ても凄いとしか言えないな」
「それこそ、何時か言ってた景色と同じですよ」
「セシル、お前、ちゃんと金持ちの頭になってんだな…」
思えば、10個あるメガタワー全てにこういうのがある訳だよなと、目の前に現れた非日常な光景に、俺は圧倒されていた。
「良いんですよ?このまま同棲しても。と、言うかしてくれればどれほど良い事か」
「馬鹿言え、そんなことやったらお前の父親に殺されるわ」
「ヨウさんなら返り討ちに出来るでしょう?」
「無理なもんは無理だ。所詮、目だけだからな?」
慣れた様子で廊下を歩くセシルに対して、俺はまだ少し緊張感が抜けていない。エレベーターで2つ下に降りて現れた、豪華客船の中の様な、だたっぴろい廊下を歩き、宮殿か何かだろうかと言うくらい豪華な作りをしたレストランへ。
レストランに入ると、こんな時間でも仕立ての良いスーツに身を包んだボーイさんが俺達を席に通し、メニュー表のみを置いて去って行く。その1つ1つが、気品のあるというか、如何にもな光景。これを見るのも、5度目か6度目位なのだが、俺は変に緊張してギクシャクしていた。
「俺は庶民でいいな…」
「何言ってるんですか社長さん。はい、メニューです。ワタシは要らないですから」
「そうか?…何か甘い物位、取ればいいものを」
「ヨウさんにつられて食べてたら、すぐに太っちゃいます」
そう言われると、セシルの体を見てしまう。ここ数日のせいで下着姿位は普通に見てしまう様になったが、相変わらずのスタイルで、そんな風には見えなかった。
「あぁ…そうは見えないが」
「結構、維持に気を使ってるんですよ?」
「なるほど…お前、何時寝てるんだ?」
「ここ数日でお判りに…あぁ、昼間、ずっと寝てますもんね」
「言い方が悪いな。俺のは健康的な睡眠だ」
「そうでした。寝る時間が短いんですよね。1日3回、2時間寝てるんです」
「薬かよ」
俺はそう言って笑い飛ばすと同時に、特異?なセシルの体質にちょっと驚く。
「そんなんで大丈夫なのかよ。あ、注文決まった」
「大丈夫なんですよ。小学生時代から、長い時間眠れないんです」
セシルはテーブルに備え付けられたベルを揺らしてボーイさんを呼び出す。すぐに俺達の席にやって来た彼に注文を告げると、彼は表情一つ曇らせず、寧ろ良い微笑みを俺達に向けて内容を復唱し、そして去って行った。
「不審な奴だと思うんだがな」
「案外いるんですよ。変な時間に食べる人。それで、食べたらどうするんですか?」
セシルの問いかけに、俺は顎に手を当てて少し考え…
「情報の整理。その次に、何をすべきかを挙げて、実行に移す」
そう言うと、セシルは苦笑いを浮かべて、そして煙草を一本取り出した。
「言うのは簡単なやつですね」
「まぁな。だが、磯崎とか言う男、猛進しかしないアホらしいからな」
「何か手があるんですね?」
「あるというか、勝手に自滅してくれそうというか…ま、帰ったら詳しく話すよ」
「楽しみにしておきましょう」
「プレッシャーだな」
「大丈夫です。信頼の証です。ワタシはどんなことがあってもヨウさんを信じてますから」
セシルは手にした煙草を咥えて火を付ける。
「簡単に言うもんじゃ無いぜ」
俺はそう言って苦笑いを浮かべると、何気なくレストランの中を見回した。深夜の時間帯だというのに、ポツリポツリと、客がいる。奴等を見回して、更についでとばかりに、微かに見える厨房の方に目を向けた。覗き窓の様な所から見えた厨房。そこにも、仕立ての良い服を着た連中が手際のよい動きを見せていた。
「金があるってだけでこの待遇か」
「見た目だけですよ。中身は普通です」
「値段とメニューに書かれた文字がそれを否定してるんだが…」
「まぁ、そうでしょうが…ブランドなんて、所詮口コミと宣伝が作った虚構です」
「確かにそうだが…」
「大間で取れたマグロは価値がありますが、函館の船が取ったマグロはただのマグロですから」
「辛辣だな」
「いえ、ここの価値はもっと別の所にあるんです」
料理が来るまでの暇つぶしには良さそうな雑談。セシルは咥えた煙草の灰を灰皿に落すと、煙草を手にして周囲を見回した。
「何だと思います?」
「綺麗や夜景とか?」
「…違いますよ。本当の価値は、完全なプライベート空間を実現できる事と、人脈です」
俺の冗談をサラリと躱したセシルは、薄笑いを浮かべながらそう言って、周囲を見回す。
「35階以上に住んでいる人は、どのメガタワーへ行っても同等のサービスを受けられます。例えば…ああ、あの隅にいる老人は、有名な方ですよね?」
そう言われて、俺もセシルの目線の先に目を向ける。さっきも目に入った、だけども、ただの景色の一部となっていた白髪の紳士。よく目を凝らせば、数多くのドラマや映画で主役を張った、昭和の大スターと言える男だった。
「ここでは、お金を持っている事はステータスではなく当たり前の事なんです。そんな人たちの大半は、自分の空間、時間を完全には持てません」
「なるほど…一般人はおろか、マスコミですら足を運べないって訳だ」
「その通りです。そして、そういう人たちは、最早過去の交友関係が崩壊している人が多い…ともなれば、こういった場が社交場。ヨウさんでいう、あの喫茶店みたいな扱いになるんですよ」
セシルは俺の方に目線を戻してそう言うと、再び煙草を咥えて燻らせる。
「確かに、ここじゃ、その手の人間を見ても珍しないわな」
俺は再び周囲を見回し、景色でしかなかった数名と目が合うと、気まずくなってセシルの方に目を戻す。
「となれば、俺はやっぱ庶民だな」
そう言うと、俺は引きつった苦笑いを浮かべてこう言った。
「友好関係を築く前に、金の事が頭に浮かんじまうぜ」
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