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 スーさんの店でを取った俺は、セシルを連れて自宅へと戻っていた。島の最北端に位置する04メガタワー…21階の駐車場に停め、エレベーターで28階へ。3日ぶりの自宅、特に感慨深い物ではないが、扉を開けて中の様子を見ると、少しだけ安心感を得られた。


「さて、スーさんの情報でも眺めてみますか」


 明かりを付けて、セシルの部屋から比べればウサギ小屋の様な部屋に置かれたソファに腰かける。これでも、少し広めの部屋のはずなのだが…いや、比較対象がおかしいか。セシルは俺が座っているソファの、斜め前に置かれたソファに腰かけると、当たり前のように煙草を取り出して咥え、火をつけた。


「コーヒーでも淹れましょうか?」

「いや、今はいい。冷蔵庫に入ってる飲み物、適当に飲んでいいぞ」

「いえ、ワタシも今は…」

「だよな」


 そう言ってテーブルの上に資料を並べる。ざっと100枚近くある資料。それらは100ページ一括りというわけでは無く、幾つかに分けられてホチキス止めされていた。


「分担して読むか」

「それが良いと思います」

「よーし、読書の時間だ」


 早速1つ目の束を手に取って、表紙を1枚捲って中身を眺める。俺が手に取ったのは、恐らく襲撃してきた連中を飼ってるであろう人間の個人情報だった。


「こっちは誰かさんの個人情報だ。そっちは?」

「ワタシが調べた内容と似ています。"ビスポーク"の乗っ取り計画の中身…でしょうか」

「そんなのも調べられたのかよ」

「どうやら、彼らはインターネットでやり取りをしている様ですね…分かってしまえば、手はあります。案外、秘匿性はザルですから…」

「なんかニュースでも言ってたな。まだ時期尚早とか。流行ることは無いってよ?」

「どんなニュース見てるんですか。ここまで広まってしまえば、時間の問題ですよ」


 セシルはそう言いながら、結構な速さでページを捲っていく。知ってる情報が多いのだろうか…?それにしても、凄まじい速さだ。俺はそれをチラチラ見やりつつ、手にした資料をじっくり読み進める。ページを更に1枚捲って、そこに印刷された人物の顔を見た時、俺は思わず声を上げた。


「おっ?」

「どうかしましたか?」

「いや、いきなり凄いのが来たぜ。ホラ、オヤジさんが言ってた許嫁の写真」


 そう言って、俺はセシルに書類を見せる。そこに映っていたのは、つい数日前、石井と出会った後、歩いている俺とすれ違ったジャガーに乗っていた若い男の写真。セシルはその男、磯崎幸也の顔を見ると、苦笑いを浮かべて肩を竦めて見せた。


「顔だけは良いのを選んできましたね」

「顔だけじゃねぇ、アメリカとのハーフで、アメリカ生まれハワイ育ちだ。学歴もあって、優秀そのものだぜ」

「それはまた…そんな人がどうして乗っ取りを?」

「知るか。ただ…25、それでこのポジションってことは、なりふり構わないイケイケな奴だな。この間見た通りのスペックだ」

「え?会った事あるんですか?」


 セシルが驚き、俺は頷く。


「この間、電話入れただろ?あの電話の後に、すれ違った。新車のジャガー転がしてたよ」

「あぁ、すれ違っただけ…」

「ワザとらしく徐行して、俺の方をジロジロ見てきたんだ。人探しか何かと思ったが、そうじゃなかったんだろうな。アレは」


 思い浮かべるのは、この間石井と別れた直後の光景。あの時の、張り付いた磯崎の下衆な笑みは、どうやら奴の顔に標準搭載された顔ではなく、俺を見つけて浮かべた何か意味がある笑みだったらしい。俺は小さな溜息をつくと、ページを捲って中に書かれていた奴の経歴を見て、更に深い溜息をついた。


「学歴はあると言ったが、コイツ大学中退か。で、何故か今は投資会社の役員…あぁ、知ってるぞ?この会社。思い出した。何時ぞやどっかで見たな」

「それ、思い出せてないんじゃないです?」

「頭に浮かんでるから良いんだよ。お前も数年経てばこうなるさ」

「呆けるにはちょっと早いですけど…」

「ま、思い出す努力より、次だ。次…」


 そう言いながら、ページを捲っていく。磯崎の経歴、最近の行動…そして、これまで奴が何をやって来たか…どう調べたのかと聞きたくなるほどの情報が、そこにあった。


「なるほどね…そっちは?」

「磯崎って男がどういう手段で乗っ取りを画策しているかが事細かに書かれていますよ」

「手段は使いまわしか。確かに、読んでる限りはしょっ引けない手だしな…」

「大体想像通りでしたか?」

「あぁ、大体。相手が誰かまでは知らないが、手は想像が出来てた」

「凄い…流石夜の住人」

「褒めてないだろ、それ」

「最大級の誉め言葉ですよ」


 セシルは手にしていた束をテーブルに置くと、別の束に手を伸ばす。俺はまだ束の半分ほどしか読めていなかった。


「しっかし、ただの乗っ取り屋風情なら良かったんだが…どうして奴があんな集団を抱え持ってるか…だな」

「そう…ですね。島の中にもいるという話でしたっけ」

「あぁ、スイーツ巡りを邪魔させた代償は払ってもらわないとな」


 冗談を言いながら束を捲っていくと、知りたい情報が書かれたページに行き当たる。どうやら、あの集団は磯崎が子飼いにしている連中らしい。ヤクザ者にもなれない半端者というよりも、表の顔はただのサラリーマンが多いようだ。


「なる程…使い捨てにするには、丁度良いな」


 資料に書かれていたのは、一度でも連中の個人情報。そして、URLとかいう、暗号にしか見えない英語の羅列。どうやら、磯崎の調はインターネットの様だ。


「セシル、これ見てみろよ」


 俺は個人情報のみを頭に叩き込んで、紙の束をセシルに渡し、こう言った。


「インターネットがザルだと言うのなら、何かちょっかい出す手がありそうだよな?」

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