手札は配られた

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「あぁ、ありがとう。分かった…後で取りに行くよ。あぁ…え?今?セシルの部屋だ」


 携帯電話越しに話す相手は、喫茶店のスーさんだ。あちこちに諸々の調査を依頼してから3日目。これで頼んでいた情報が全て揃う。


「いや、動いたのさ。知ってたわけじゃない。あぁ、分かった。それでいい。じゃ、後で」


 そう言って電話を切ると、目の前で高そうな椅子に座っていたセシルは、モニターに向けていた顔をこちらに向けた。


「スーさんからでしたか」

「あぁ、調査内容を纏め終えたってよ」

「では、これから回収に?」

「そうだ。ついでに出ようぜ」


 セシルの部屋に泊まらせて貰って3日目。といって俺を置かせてもらったが、俺が懸念していた事態は遂に起きなかった。結局、35階以上の人間の暮らしぶりや、併設された施設の豪華さを見て、ただただ驚いていただけ。それでいて、セシルは大学のレポートやらこんかい件に関する調査やらをやる中で、俺はただ部屋の置物になっていただけ…なんだかこう、申し訳ない気持ちになっていた。


 だが、あちこちの人間を使って収集を依頼した情報は、次々と俺の手元にやってきていた。これまでの情報は、目新しいものから知っているものまで盛り沢山。物事の大枠が、何となく見えてきた様な気がする。そこにスーさんからの情報が交わり、恐らくが明らかになることだろう。


「久しぶりの外ですね」

「あぁ。ここまで何も無いなら、大丈夫だと思うが」


 準備を整え外に出た。エレベーターを降りてからは、周囲を警戒しつつ車の方へ。特に何も無く車に乗り込み、環状線に出て、02メガタワーの方へ車を向ける。


「とりあえず、起きてる事は大体想像がついてるが。準備が面倒だな」

「そうですね。乗っ取り…ああいう手を使っても良いんですか?」

「表に出ないだけで、ゴマンとありそうだがな。ただ、それなりに名前がある会社相手にやるのは…馬鹿というか、何というか…短絡的だな。動機が知りたいぜ」


 俺達の手元にある情報はどれもこれも…という情報だけ。あのベレッタの出所は横須賀の米軍基地で、それも帝国秘匿興信所とはまるで無関係の人間に渡っていた物。BMWは、確かにこの島の人間が所有しているM5で間違い無さそうだが…その人間を別口で洗えば、それもまた興信所とは関係が無い。そして、トドメは俺が出会えた石井から告げられた、との主張と、セシルが調べ上げた会社の業績不振の原因らしき内容だ。


 母親の会社の幾つかが、新進気鋭の投資会社に乗っ取りを画策されているらしい。やり口はグレーゾーンどころか一部真っ黒に染まっているが、なりふり構わず向かってきているらしく…更に悪いことに、まで握られてゲームセット一歩手前の状態なのだとか。


 母親が誰かに送ったメールに、娘を投資会社役員の男とくっつけて何とかとか書かれているのを見た時には、俺達も顔を見合わせて、何処かに逃げてやろうかと思った程。情報を整理すればこうなるが…まぁ、何となく、起きていることは分かった。問題は、相手だ。


「楽な相手であることを祈っとくか…」


 *****


 02メガタワーに到着し、いつもの場所に車を止めて12階へ。エレベーターを降りて、夜が始まったばかりのフロアを練り歩き、喫茶店の扉をくぐる。


「いらっしゃい…ってミナミさんか」

「よう。空いてるか?」

「空いてるよ」


 スーさんに出迎えられ、俺達はいつものボックス席へ。席につくと、スーさんが手にしていたメニュー表がテーブルの上に置かれる。それを開けば、少々分厚い茶封筒が中に挟み込まれていた。


「凄い量だな」


 A4の紙…ざっと見ても100ページ分はありそうな量。俺は中身を取り出さずに、思わず苦笑いを浮かべてそう言った。


「個人的に知りたいと思っていた人が相手だったものでね」

「…と、言うと?」

の人間はこの店の会員になりたいとかで、見覚えがあったのさ」

「ほぅ…どこの金持ちだ?」

「それはその中に。最近の若者は怖いね」

「なるほど。あぁ、これ。忘れないうちに…支払いね」


 俺はそう言って、スイングトップのポケットから取り出した封筒をスーさんに手渡す。スーさんはそれを受け取り、中身をサラリと確認すると、俺達にサムアップして見せた。


「オッケー。後で確認するけど…とりあえず、いつもので良い?」

「あぁ、それでいい」

「じゃ、少々お待ちを」


 そう言って、スーさんはメニュー表に封筒を挟んで戻っていった。俺は渡された茶封筒を、マガジンポケットに入れ、机の上に肘をつく。その向かい側で、セシルは小さな溜息をつき、煙草を1本咥えて火を付けた。


「島の人間も混じってるらしいな」

「みたいですね。でも、ここから一体どうするつもりなんですか?」

「やる事は変わらないさ。お前が自立してんだぞってあのオヤジに思い知らせてやる」

「その割には、随分と大事になっている様な」


 少々不安げな顔を浮かべるセシル。彼女の言い分は最もだし、何なら俺ですらとも思っていた。


「一筋縄じゃ行かない連中だしな…何か問題があれば、利用出来ると思ったまでさ」

「利用…?」

「そのために、先ずは情報が欲しかったってな。割と大事になったのは想定外だが…」


 俺はソファに背を預けて楽な姿勢を取ると、ポカンとした顔を浮かべたセシルにこう言った。


「俺の嫁になるとか言ってる奴の親だぜ?いつまでも敵対してる訳にも行かないのさ」

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