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「しかし参ったな、厄介なのがアンタらだけなら手を下し易かったものを」


 ハンバーグを食べながらそう言うと、目の前に座った石井は僅かに表情を曇らせた。


「アンタ、このことを会長様に話すか?」

「さあな。そこまでの契約は結んでない」

「なら、俺の依頼ってことで突いてくれないか」

「どういう風の吹き回しだ?恩でも売ろうってのか」

「まさか。あの成金オヤジがそんなタマじゃないってのは良く知ってる」

「やっぱり知ってたんじゃねぇか…呆けた真似しやがって」

「あの後セシルに言われて思い出したんだよ。で、どうすんだ?請けるか?蹴るか?」


 俺はそう言って、残ったライスを食べきり…最後、1口分残ったハンバーグを口に入れる。石井は少しだけ目を泳がせて迷う素振りを見せると、深い溜息を付いて煙草を1本取り出した。


「で、幾らだ?」

「別に要らない」

「タダより高いモンは無いっていうぜ?」

「要らねぇ。どうせ、この後会うんだしな」

「ほぅ…そんな奴が、何だってこんな時間に、こんな場所に居る?」

「今日に関しては、完全にプライベートだ。知り合いの店があるんでな」

「なるほど、幸運を引けたって訳だ」


 石井は煙草を燻らせながら、俺の様子を見て苦味のある笑みを口元に浮かべる。もうそろそろ3時…店も閉まる頃合いだ。残っていたポテトに手を付けだすと、石井は俺の目を見て何かに気付いた様子を見せた。


「お前、その眼、義眼か?」

「なんだ今更か」

「インプラントだな」

「あぁ。スギシタのゴールデンアイ。シリアルナンバーは栄えある1番目」

「地味過ぎて気付かなかったぜ。自然なもんだな」


 真面目なも既に終わり、雑談の様相。

 石井は俺の事を観察するような目で見てくると、つまらないものでも見た様な顔を浮かべた。


「なんだって黒にしたんだ」

「他の連中が奇抜なだけだろ。違和感でしかない」

「それに、シリアルが1って事は、95年製だろ?違和感が凄いと聞いたぞ?」

「らしいな。これしか付けた事無いから知らないが」

「そうなのか。頭痛の原因、その目から訳の分からん光線とか出て無いだろうな」

「まさか」


 俺はそう言って最後のポテトを取って食べる。この石井という男、正直、仕事で使えそうかは置いておくとして、妙に勘は鋭いらしい。普段からそうなら…道具としては使部類の人間だ。


「第一、そんなの出てたらリコールだろ」


 ポテトを飲み込んで、俺は伝票を持って席を立つ。


「ま、さっきの件。頼むぜ。これで終わりって事でも無さそうだし」

「はぁ?」


 抗議の目を向けた石井を置いて、レジの方に向かう。奴はすぐに俺に追いついて来たが、何も言わずに俺に会計を任せて、外に出て行ってしまった。別に俺が出すつもりだったから良いのだが…小物だな。


「どうも」


 会計を済ませて外に出ると、既に石井の姿はどこかへ消えていた。俺は溜息を付くと、持ってきていた携帯でセシルに電話をかける。


「…はい、ヨウさん?」


 数回のコールで電話に出たセシルの声は、眠そうだった。今は3時手前。普段、一緒にいるときは、5時位まで一緒にいるから気付かないがセシルはあくまでも一般人。普通の人間は、こんな時間まで起きていない。


「セシル、悪い。俺だ。起したか?」

「えぇ…気付いたら寝落ちしてました」

「そりゃそうだろ、こんな時間に起きてる方がおかしい」

「なら、こんな時間にかけてくるヨウさんはもっとおかしいです。何かありましたか?」

「あぁ、ただ。声を聞きたくてな」


 電話をかけた理由を素直に告げると、向こうで派手に転んだような音が聞こえてくる。


「はい!?どういう風の吹き回しですか!?え?そんな、彼氏らしい事言えたんですね」

「色々失礼な奴だな。今、東京にいるんだが…ちと、状況が変わってな」

「それは…ワタシに関わる事ですか」

「あぁ。セシル、そのフロアにいる限り何も無いといったな。そうでもなさそうだ」

「え!?」


 思わぬ情報に、セシルは徐々に普段の声色を取り戻していく。既に、寝起き特有の呆けた声色では無くなっていた。


「それはどういう…」

「説明すっと長いから、兎に角…今からそっち行って良いか?」

「へ?えぇ…大丈夫ですけど」

「悪いな。着いたらまた電話する。多分、5時かそれ位だ」

「分かりました…」

「じゃあ」


 電話を切るなり、俺は車を止めた立駐の方に足を向ける。久しぶりに長く感じる夜だ。


「?」


 駐車場まであと数百メートルの所で、1台の車が俺の方に向かってきて…そして、俺の手前辺りで僅かにスピードを落とした。


 紺のジャガー…XKクーペとか言ったっけか。良い心掛けだ…別に歩道との間に柵があるし、大きい通りだから必要は無いと思うが。


 俺はスピードを落としたジャガーの運転席の方に目を向ける。座っていたのは、見たことも無い若い男。堀が深い…白人とのハーフの様な顔つきで…服越しでも分かる程、ガタイが良い。ソイツは確実に俺の顔をジッと見据え、下品な笑みを浮かべると、そのまま通り過ぎて行った。


「人違いか?」


 俺は足を止めてジャガーの去った方に体を向けると、少々くたびれた口調でこう言った。


「人違い…で済めば良いがな」

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