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「速えぇ!」


 ちょっと不思議な時間が流れ始めた夜の時間。俺はタクトの店のデモカーに乗って、環状線外回りへと繰り出していた。タクトが示した依頼の対価は、労働みたいなものだ。セットアップで行き詰った店のデモカーで、して欲しいらしい。


「この時間じゃまだ混んでるかぁ…」

「十分少ないって、この程度」


 常識外れの速度域、3車線ながらも、妙に狭く感じる環状を右に左に舞って行く。他所の地域よりもの割合が多い一般車を交わし、中途半端にポルシェやらフェラーリは、一瞬の内にバックミラーの彼方へ消し去った。


 シフトアップの度に強烈な加速Gを感じ…限界をあっという間に越えたリアタイヤが悲鳴を上げ…乗り始めには頑強で硬いとすら思えたボディはいともたやすく捩れた。


 迫りくるコーナーに向けて、ブレーキ…そしてシフトダウン。4点式ベルトが減速Gに負けぬよう、体をフルバケットシートに押しとどめてくれる。リアはGTウィングが効果を見せても尚軽く感じるが…フロントは磁石の様に地面に張り付き、ウェストゲートから笛みたいな悲鳴が数回聞こえてきた。


 そこからのコーナリング。盤石のフロントを軸に、リアが簡単にブレイクしてあっという間にスライドを始めた。外側に流れていく車体、俺はアクセルを僅かにくれてリアに駆動力を与え…ほぼドリフト状態でそれを抑えてコーナーを抜けていく…心臓がキリキリ痛むが、コツを掴んでしまえば自由自在に操れた。


 R34にモデルチェンジしたスカイラインは、俺の乗ってるローレルと同期ではあるものの、世代的には1つ進んだシャーシを持っている。カタログでパッと見た時、R33から大した変化も無いかと思っていたが、それは大違いだ。


「このリアなんとかならなねーのか?」

「暴れすぎるんだよなぁ…どう弄っても」


 そんなRR事に拘りを持っている男が組んだ700馬力オーバーの怪物は、俺の手に余る代物だった。俺のローレルと同じ型式の2.5Lターボエンジンは、排気量を2.8まで引き上げられ…そこに顔くらいの大きのデカいタービンを1機載せたと呼ばれた仕様。冗談じゃない。


「ダンパーは?」

「これでもぉ、使い切れてない!」

「ならバネか?」

「これ以上ぉ、柔くしたら今度は跳ねる!」

「ちぇ!今ですら跳ねてるのによ。なら、リアの剛性下げちまえ。硬すぎる!」


 環状を2周、派手に飛ばしてクルージング。上がった水温と油温を下げていく。走行車線に戻った俺は高まる鼓動を押さえつつ、冷静に車の改善点を上げていった。


「あとはパワーだ。過ぎる。これなら50馬力下げて下に振れ」

「わかった。試してみようかぁ」

「タクトにしちゃ、随分とピーキーなの作ったじゃないか。どういう変化だ?」

「久々にミナミの横に乗って思い知ったよぉ。ちょっと筑波に拘り過ぎたのかも知れねぇ」

「そういうことか。でも、この硬い足なら、プロでも持て余すだろ?」

「持て余すさぁ。タイヤと足が付いてこなくて、ならパワーで押しきれってなってなぁ」

「楽しむ分には嫌いじゃないが、これじゃチト乗り手を選ぶな」


 俺が真面目に車の問題点を洗っている横で、ずっと強張った顔を浮かべていたタクトはようやく笑みを零す。


「しっかし、大分経ってんのに腕は落ちてねぇな。何かやってんのかぁ?」

「何も。昔取った杵柄で延命してるだけだな」

「1発目から狭い環状で踏み抜いたの、お前が初めてだぁ」

「お前の車の癖なんざ良いだけ知ってるからな」


 タクトの車に乗るのは、久しぶりだが、なにも珍しい事では無かった。大学の時からお決まりの光景。俺が乗って問題を洗い出し、タクトがそれをバッチリ仕上げてくれる。奴は、乗り手として見る限り、どこか足りない部分があったが…メカとしては優秀だった。


「何かでパワー落せるか?」

「あぁ、戻れば…設定はすぐ出来るさぁ」

「ダンパーは?まだ柔く出来る?」

「問題ない」

「ウィング立てたいが、フロント浮くかな」

「どうだろうなぁ…今ですらリアが勝ってるんだ」

「試そう。時間無いしな」


 車内で方針を決めて、丁度01メガタワーが見えてきたので、そっちの方に鼻先を向ける。最近、ここ数年はやってこなかったが…昔は2人で繰り出したものだ。思えば、こうしてで、大真面目に車を詰めていくのは、あの時以来では無いだろうか。


「そう言えば、片目になってからこういうのやるのは初めてだったな」


 何気なく言った一言、それを聞いたタクトは、僅かに表情を暗くした。


「あぁ」


 ただ一言、そう反応して黙り込む。俺が右目を失ったのは、まさにこういう場。4年前…あの頃は共に昭京府に来たばかりで、右も左も分からない中で過ごしていた時だ。


 タクトが念願の店をオープンさせて数か月、R33のGTSでココに繰り出した時の事。こうしてセットアップを繰り返している時に、急に降った雨に足元を掬われて、派手な事故を起こしたんだ。


 別に車が悪かった訳じゃない。完全に俺の自爆だ。だが、タクトは妙に責任を感じてしまい、その手の話題になると、普段の勢いを少し失ってしまう様になった。


「久々にこの手の車に乗ったが、まだやれるって気がしてきた」


 01メガタワーに入り、駐車場をノロノロと進んでいく。


「無茶はするなよぉ?」

「どうだか、ちょっとそうもいかなくなりそうでな」

「どういうことさぁ?」

「ツレがな、問題児なんだよ」


 そう言って笑って見せると、そのままスカイラインをガレージに突っ込ませる。


「さ、早い所弄って出ようぜ。あと1時間…環状をあと2周アタックしたいからな」


 タクトの方に顔を向けてそう言うと、俺は4点ベルトのバックルを外した。エンジンは切らず、そのまま車外へ出て溜息を一つ。激しいドライブで疲れを訴える体を軽く解し、伸ばすと、俺はタクトに向かってこう言った。


「ま、こうして振り回せるんだから。何時までも気にしてんじゃねーぜ?」

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