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アキさんの時計店を後にした俺は、メガタワーの中で昼飯を済ませて駐車場へ。今日はあと2つ、行くべきところがあった。
環状線へ出て行くと、窓の向こう側はいつも通りの夜の街。田舎者から見れば、ここは未来の世界に見えるだろう。環状の防音壁をも越える高さのビル群は、煌びやかな明かりを放ち、まるで昼の様に思えてしまう。
1周20km程度の環状線、その外回りに乗って目指すは01メガタワー。商業用の港に隣接したそのタワーは、島の南にあった。
俺は久しぶりにオーディオの音量を上げる。流れてくるのは、ずっと入れっぱなしにしているCDの曲。高校生位の時に良く聴いていたアイドルの曲。年号が昭和から平成に変わる位の曲が入ったアルバムだ。
01メガタワーの駐車場までの約10分、大体3曲分。出口から01メガタワーの駐車場へ入り、ETCレーンを通って駐車場の中に入ると、ローレルの鼻先を、普段と違う方向へ向けた。この01メガタワーの駐車場は少し特殊で、21階は通常の駐車場フロアになっているのだが、更にもう1つ上にも駐車場があるのだ。
22階、そこは車屋が軒を連ねるフロア。ズラリと並んだ車屋の、一番隅の店の前でローレルを止める。エンジンを切って車を出るなり、目の前の店から1人の男が姿を現した。
「閉店間際だぜぇ?ミナミぃ」
「なんだ、タクト。いらっしゃいませの1つも無いのか」
少々汚れたツナギを着た男、ソイツは俺の大学の同期で、この島で車屋を営む変わり物だ。チューニングと、中古車販売がメインの、その辺でよく見る形態の個人店なのだが…この昭京府、ズラリと一流メーカーのテナントが軒を連ねる所で、20後半の男が個人で経営している店を出せると言えば、タクトの腕の良さが伝わるだろうか?
「ちょっとずつ戻ってるみたいだなぁ。体調」
「あぁ、なんとか」
そう言って、ローレルの鍵をタクトに渡す。突然の来訪になるのだが、用件は言わなくても伝わる。オイル交換だ。
「相変わらず夜の仕事かぁ?」
「それ以外出来ないだろう」
「ま、その顔見れば、多少はマシだぁな」
タクトには、俺の体の秘密を知らせてある。スーさんやアキさんにはボヤかして伝えているのだが、コイツにだけは、俺の持つ力の事をしっかり全てを伝えていた。
理由は簡単、俺が右目を失った時も、手術の時も、傍にいたからだ。流石に、セシルにやった様に線を繋いで体験させるまではやっていないが。
「お前の方こそ、そろそろ店仕舞いだろ?なんだってまだ片付けてないんだ」
「残業だよぉ、来週筑波で取材なのさぁ。中、入っててくれ。コーヒーのやつ勝手に使って良いからさぁ」
「分かった」
車の前での雑談を終え、タクトの店の中へ。自動ドアが開いた瞬間に、ローレルのエンジン音が聞こえてきた。一応、作業受付時間内と言えど、ちょっとタイミングの悪い時期に来てしまったらしい。オイル交換以外に頼みが1つあったんだが頼み辛くなってしまった。
店内に入った俺は、ガラス越しに見えるガレージに入ってくる愛車を眺めた。パールホワイトの車体、買ってすぐにタクトの店に入れて弄った車。俺は、他にいる従業員の姿が見当たらないのを良い事に、レジの奥にある扉から、ガレージの中へと足を踏み入れた。
「そういや、他のはどうした?」
「早めに上がらせたよぉ、来週は忙しいからなぁ。今週、夜は俺だけで回してんのさぁ」
「儲かってるのか?」
「なんとか黒字キープ。RBに絞って正解だったぜ」
タクトは俺が居ることを咎める様子もなく、手際の良い動きでローレルをリフトで上げ、オイルを抜き始める。
「それも25までな。26は弄ってないのか?」
「たまに弄ってんだわ。32のタイプMから乗り換えた客がいてよぉ、34Rに」
「ほぅ…どうなんだ?アレ」
「基本33Rと変わらないがなぁ…素人が乗るもんじゃないぜ、アレ」
「へぇ…じゃ、このGTSも難しいのか?」
オイルが抜けるまでの間、ローレルの下を軽く点検してくれていたタクトが足を止めて、隣に止まった黄色いスカイラインの方に顔を向ける。
「34はもうSが付かない。GTだ。25GT-t。これも、中々難しいわぁ」
「どれくらい速いんだ?」
「まぁ、下手なRなら軽く捻れるかぁ」
「筑波で?」
「1秒3。冬場だがなぁ…今は夏だし、2~3秒って所じゃねぇかぁ」
「ふーん…Rが58秒だか9秒なら、頑張ってる方か」
そう言いながら、黄色いスカイラインの周囲を一通り見て回ると、気まずいと思う気持ちを押さえて、切り出した。
「1つ調べてほしい事があるんだが」
そう言うと、タクトは分かってたと言いたげな顔を浮かべて、手を止めこちらに向き直る。
「そんな気がしてたわぁ…」
「よくわかるな」
「オイル、変える必要も無い位綺麗だからなぁ。で、何を調べろって?」
「この島にいるであろう車を調べてほしいだけだ。車種はBMW M5かM3」
「BMぅ?」
「あぁ、この間、メガタワーの中で襲われてな。逃げる時に、襲撃してきた奴が出したのがBMなんだ。良く見えなかったが、3か5のMだと思う」
「それだけで探せってのは無茶だぜ」
「リストで良い。出せるよな?ナンバーと所有者の一覧」
「そうきたかぁ…だがなぁ?そもそも、この島の奴じゃ無いかもしれないだろ?」
「かもしれないが…決め手は位置だ。居住区に繋がるエレベーターの近くだった」
「なるほどぉ?それで、島の人間かもしれない…と」
「あぁ、もしそうなら…ちょっと礼しないとな」
俺はそう言ってニヤリとした表情を浮かべた。タクトはそれを引いた目で見て…少し悩んだ素振りを見せた後で頷く。
「分かったぁ。その代わり1つこっちの頼み事も聞いてくれ」
すんなりと依頼を受けてくれたタクトは、俺の車の下から出てきて、付けていたグローブを脱ぎ捨てた。
「12時までお前を使わせてくれ」
そう言ってスカイラインのドアを開けたタクトは、キーを捻ってエンジンをかける。その様子を見て、俺はこれから何を頼まれるのかが何となく想像できた。
「まさか」
苦笑いを浮かべた俺に、タクトは運転席の方を親指で指しながらこう言った。
「ちょっと環状に出ようぜ」
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