-2-

 アキさんの時計店を後にした俺は、メガタワーの中でを済ませて駐車場へ。今日はあと2つ、行くべきところがあった。


 環状線へ出て行くと、窓の向こう側はいつも通りの夜の街。田舎者から見れば、ここは未来の世界に見えるだろう。環状の防音壁をも越える高さのビル群は、煌びやかな明かりを放ち、まるで昼の様に思えてしまう。


 1周20km程度の環状線、その外回りに乗って目指すは01メガタワー。商業用の港に隣接したそのタワーは、島の南にあった。


 俺は久しぶりにオーディオの音量を上げる。流れてくるのは、ずっと入れっぱなしにしているCDの曲。高校生位の時に良く聴いていたアイドルの曲。年号が昭和から平成に変わる位の曲が入ったアルバムだ。


 01メガタワーの駐車場までの約10分、大体3曲分。出口から01メガタワーの駐車場へ入り、ETCレーンを通って駐車場の中に入ると、ローレルの鼻先を、普段と違う方向へ向けた。この01メガタワーの駐車場は少し特殊で、21階は通常の駐車場フロアになっているのだが、更にもう1つ上にも駐車場があるのだ。


 22階、そこは車屋が軒を連ねるフロア。ズラリと並んだ車屋の、一番隅の店の前でローレルを止める。エンジンを切って車を出るなり、目の前の店から1人の男が姿を現した。


「閉店間際だぜぇ?ミナミぃ」

「なんだ、タクト。いらっしゃいませの1つも無いのか」


 少々汚れたツナギを着た男、ソイツは俺の大学の同期で、この島で車屋を営む変わり物だ。チューニングと、中古車販売がメインの、その辺でよく見る形態の個人店なのだが…この昭京府、ズラリと一流メーカーのテナントが軒を連ねる所で、20後半の男が個人で経営している店を出せると言えば、タクトの腕の良さが伝わるだろうか?


「ちょっとずつ戻ってるみたいだなぁ。体調」

「あぁ、なんとか」


 そう言って、ローレルの鍵をタクトに渡す。突然の来訪になるのだが、用件は言わなくても伝わる。オイル交換だ。


「相変わらず夜の仕事かぁ?」

「それ以外出来ないだろう」

「ま、その顔見れば、多少はマシだぁな」


 タクトには、俺の体の秘密を知らせてある。スーさんやアキさんにはボヤかして伝えているのだが、コイツにだけは、俺の持つの事をしっかり全てを伝えていた。


 理由は簡単、俺が右目を失った時も、手術の時も、傍にいたからだ。流石に、セシルにやった様にまではやっていないが。


「お前の方こそ、そろそろ店仕舞いだろ?なんだってまだ片付けてないんだ」

「残業だよぉ、来週筑波で取材なのさぁ。中、入っててくれ。コーヒーのやつ勝手に使って良いからさぁ」

「分かった」


 車の前での雑談を終え、タクトの店の中へ。自動ドアが開いた瞬間に、ローレルのエンジン音が聞こえてきた。一応、作業受付時間内と言えど、ちょっとタイミングの悪い時期に来てしまったらしい。オイル交換以外に頼みが1つあったんだが頼み辛くなってしまった。


 店内に入った俺は、ガラス越しに見えるガレージに入ってくる愛車を眺めた。パールホワイトの車体、買ってすぐにタクトの店に入れて弄った車。俺は、他にいる従業員の姿が見当たらないのを良い事に、レジの奥にある扉から、ガレージの中へと足を踏み入れた。


「そういや、他のはどうした?」

「早めに上がらせたよぉ、来週は忙しいからなぁ。今週、夜は俺だけで回してんのさぁ」

「儲かってるのか?」

「なんとか黒字キープ。RBに絞って正解だったぜ」


 タクトは俺が居ることを咎める様子もなく、手際の良い動きでローレルをリフトで上げ、オイルを抜き始める。


「それも25までな。26は弄ってないのか?」

「たまに弄ってんだわ。32のタイプMから乗り換えた客がいてよぉ、34Rに」

「ほぅ…どうなんだ?アレ」

「基本33Rと変わらないがなぁ…素人が乗るもんじゃないぜ、アレ」

「へぇ…じゃ、このGTSも難しいのか?」


 オイルが抜けるまでの間、ローレルの下を軽く点検してくれていたタクトが足を止めて、隣に止まった黄色いスカイラインの方に顔を向ける。


「34はもうSが付かない。GTだ。25GT-t。これも、中々難しいわぁ」

「どれくらい速いんだ?」

「まぁ、下手なRなら軽く捻れるかぁ」

「筑波で?」

「1秒3。冬場だがなぁ…今は夏だし、2~3秒って所じゃねぇかぁ」

「ふーん…Rが58秒だか9秒なら、頑張ってる方か」


 そう言いながら、黄色いスカイラインの周囲を一通り見て回ると、気まずいと思う気持ちを押さえて、切り出した。


「1つ調べてほしい事があるんだが」


 そう言うと、タクトは分かってたと言いたげな顔を浮かべて、手を止めこちらに向き直る。


「そんな気がしてたわぁ…」

「よくわかるな」

「オイル、変える必要も無い位綺麗だからなぁ。で、何を調べろって?」

「この島にいるであろう車を調べてほしいだけだ。車種はBMW M5かM3」

「BMぅ?」

「あぁ、この間、メガタワーの中で襲われてな。逃げる時に、襲撃してきた奴が出したのがBMなんだ。良く見えなかったが、3か5のMだと思う」

「それだけで探せってのは無茶だぜ」

「リストで良い。出せるよな?ナンバーと所有者の一覧」

「そうきたかぁ…だがなぁ?そもそも、この島の奴じゃ無いかもしれないだろ?」

「かもしれないが…決め手は位置だ。居住区に繋がるエレベーターの近くだった」

「なるほどぉ?それで、島の人間かもしれない…と」

「あぁ、もしそうなら…ちょっとしないとな」


 俺はそう言ってニヤリとした表情を浮かべた。タクトはそれを引いた目で見て…少し悩んだ素振りを見せた後で頷く。


「分かったぁ。その代わり1つこっちの頼み事も聞いてくれ」


 すんなりと依頼を受けてくれたタクトは、俺の車の下から出てきて、付けていたグローブを脱ぎ捨てた。


「12時までお前を使わせてくれ」


 そう言ってスカイラインのドアを開けたタクトは、キーを捻ってエンジンをかける。その様子を見て、俺はこれから何を頼まれるのかが何となく想像できた。


「まさか」


 苦笑いを浮かべた俺に、タクトは運転席の方を親指で指しながらこう言った。


「ちょっと環状に出ようぜ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る