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 ホテルを後にした俺達は、家路を急ぐサラリーマンを横目に見ながら、車を止めた立駐まで歩いていた。周囲を気にしつつだが、昨日の今日で襲ってくることも無いだろう。ニュースになって、逮捕者が出る程の失敗を犯した挙句…それでも仕事は果たした事になっているのだから、金で動く連中が動く道理が無い。


「作戦って言ってもな。まぁ、大したことじゃないんだ」


 駐車代金を払い、機械の奥から現れた愛車を見ながらそう言った。


「ちょっと待ってな」


 先に車に乗り込んでエンジンをかけ、ターンテーブルまで車を出す。そして、セシルが助手席に乗り込んでくると、ターンテーブルが音を立てて動き始めた。


「大したことじゃないとは?」


 狭い路地に車を出したところで、煙草を取り出したセシルが聞いてくる。俺は周囲を見回した後で、事も無さげな口調でこういった。


「様は、セシルが親から独立出来れば良いんだろ?」

「それが大変なんですよ?この間はまだ妥協案というか、先送りが出来ただけで…」

「同じだよ。別にセシルが居なくたって、あの連中が会社をやっていければ良いんだから」


 狭い路地を出て、汐留の出入り口へ。旧首都高に乗って、目指すは湾岸、そしてアクアラインだ。


「そんな簡単に…」

「考えてみろよ。あの瞬間湯沸かし器みたいなオヤジが半年もかけてセシルの事を調べたんだ。何か裏がある」

「言われてみれば…」

「大分失礼な事言ってるけどな。まぁ…否定は出来ないだろ?」

「その通りだと思いますよ。確かに、父が突発的に行動してこないのは違和感です」

「な?そもそも、部屋に押しかければ良いんだ。それを、あんな連中使うんだぜ」


 高速に上がり、周囲の車のスピードに合わせて流れていく。昨日とは全然違う速度感。止まって見える程に遅いが、右足に力は入れない。ただただ、目立たない様に、ゆっくりだ。


「でも、実際どうするんですか?」

「先ずは情報収集からだな。得意だろ?そう言うの」

「なるほど、確かに。ワタシの得意分野…ですが」

「他にも、俺のツテで探ってみるよ。帰ったら、とりあえず、知ってる分でいい。オヤジさんの持ってる会社、関係してる会社、全部リストにしてくれないか?」

「分かりました」

「その間、俺は暇になるわけだが…俺も少し動くさ」


 そう言いながら、ウィンカーを上げて湾岸方面へ。ここから暫く、流すだけなら退屈な道だ。


「あの石井とかいう男に、幾つか聞きたいことがあるんだ」

「石井?あぁ…興信所の。というか、興信所って、何なんです?」

「まぁ、探偵みたいなもんって思ってるんだが。個人の調査だったり、会社の調査もあったか。まぁ、その辺。住所やら行動も調べてくれたっけかな」

「へぇ…でも、あの人はそんな感じじゃ無かったような」

「だからだ。確かに荒事慣れしてるのも多いが、実際、目立たない事が仕事だからな。それが堂々と出張ってきてる。だからオヤジさんのお抱えだと思ってるんだが」


 俺はギアを1段下げて、ほんの少しだけ速度を上げる。エンジン音が僅かに活気づき、セシルはその音を聞いて少しだけ顔を引きつらせた。


「飛ばさないよ」


 少し速度を増して、ギアを1段上げて、そこでキープ。150キロ…これ位の速度じゃないと、眠たくなって仕方がない。


「とりあえず、セシル、お前は一旦家に戻れ」

「え?」


 セシルは不安げな顔をこちらに向ける。彼女の表情を一瞬チラリと見やった俺は、フッと鼻で笑って見せると、エアコンの温度を少し下げた。


「大丈夫だよ、家までついてってやる」

「明日からは…」

「暫くあのフロアで過ごしてくれないか?2、3日でいい。連絡は取れるだろ?」

「確かに取れますけど…」

「なんだ、あのフロアでも不安か?」

「それは…うん。不安」


 そう言って、セシルは少し拗ねた様子で煙草を取り出す。1本咥え、シガーライターを押し込んだ彼女は、表情を曇らせたままボソッとこう言った。


「あのフロア、一応、父と母は入ってこれますからね」

「なんだが不安だったか?」

「え?」

「それなら気にするな。あの夫婦、どっちもからな」


 自信満々で言い切る俺に、セシルは呆けた表情を浮かべる。その直後、カチっとシガーライターが暖まった音が聞こえてきた。


「どうして?」

「さっき言っただろ?お前を連れ戻すだけなら、回りくどい手は使わないって」

「でも、それだけで…」

「それだけだ。だが、偶々汐留で降りた俺達の元へはすぐにやって来た。どんな手を使ってるか、ただの運なのかは知らないが。東京都内なら、フットワークが軽いんだろ」

「そう…なんですかね?」

「なら確認だが、普段、あの親は東京に釘付けにされてなかったか?昔もそうだったろ」

「確かに…」

「あの時は、忙しいワンマン社長だと思ってたが、きっとそうじゃない。があるにも関わらずそうしないってのは、何か理由があるんだ。あのオヤジでも、感覚的にそんなことはしないさ」


 俺がそこまで言うと、セシルは煙草に火を付ける。ふっと燻らせ、最初の煙が吐き出され、車内に煙草の香りが充満しだした頃。フロントガラスの向こう側には、アクアラインへの分岐を示す看板が見えてきた。


「昨日を乗り越えられたってことは、俺らがなんとかできる問題って訳さ」


 そう言ってギアを一段下げて、回転数を少し上げる。右足に力を込める直前、煙草を咥えて身構えたセシルにこう言った。


「まぁ、任せてろって。また、助けてやるよ」

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