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「そりゃそうだよな…俺はな、自分の事をだって思ってるんだが」

「面白い表現ですね。力を持った人の事、今度からそう呼びましょうか」


 ラブホテルの部屋の片隅で、俺とセシルは俺のについて話している。ミュータント…この力みたいなものを使いこなせるようになった時、何となく思い浮かんだ単語だ。俺みたいな突然変異種にはピッタリだと思っていたが、まさか他にも似た様な力が使えるかも知れない人間が居るとは。


 いや、考えてみれば当然か。首都圏で、最初の年にインプラント置換技術によって身体の一部をした人間は1万人近く居るのだ。大騒ぎになってないってことは、1%にも満たないだろうが、そう言う連中が居てもおかしくない。


「しかし、どうしてそれが力の原因だって分かったんだ?」

「ワタシも人の身体に詳しいわけではありませんが…気付いたのは、96年以降のハードウェアを使った臨床データを眺めていた時です。明らかに、95年のそれと違うデータになっていまして」

「なら、95年製のインプラントを使った連中は全員何らかの力を持つって?」

「いえ、そのデータも、個人差が激しいデータでしたから。その可能性は無いと思います。ただ、何て言うんでしょうね?平均を取ったり、諸々計算して平らに慣らせば…確かにデータになるわけで」

「あー、段々と難しくなってきたな」

「簡単に言ってしまえば、極々一部のデータが異常値を吐き出していて、それ位しかの原因になるものが無いって訳です」

「あぁ、良く分かった」


 セシルは小さく溜息をつくと、煙草を1本取り出して咥え、火を付ける。


「そのデータは、ヨウさんの物でした」

「俺かよ!?」

「はい。他に似た様なデータは見当たらず…95年のデータを元に処理が改良されたと考えれば…96年以降のデータでヨウさんみたいなが出ないのも頷けます」

「原因になったのは、具体的にどういう処理?…なんだ?」

「インプラントと神経を繋ぐ部分の処理です。神経の反応をインプラントに伝える際、どれだけをインプラントに送るか…という部分ですね」


 俺は頭の中が徐々に白くなっていった。この手の、専門的な話は昔から苦手なんだ。一応、俺だって理系のハズなんだが。


「あー、分からなくなってくると思うが…とりあえず聞こうか?それが、95年とそれ以降で、何が違うのよ?」

「元々はを生かすために、相互の情報…人からインプラント、その逆も然り…をほぼ加工無しに伝えていたんですね」

「加工っていうのは?」

「情報をそのまま伝えるか、ちょっと手心加えるかの違いですよ。上手いたとえは思いつきませんが」

「まぁ、言わんとしてる事は分かる。俺等の使うインプラントは反応が良いって事だな?」

「基本的には。95年製は反応が過敏になると言われることが多いですよね?」

「らしいな。俺はダイレクトな感じがあって好きなんだが」

「96年製でその辺りが少し抑えられて、になり、人の身体の一部として違和感が無くなったとまで言われてます。なので、1年で換装した人も多いみたいですね」

「なるほどねぇ…」


 俺はペットボトルのお茶で喉を潤すと、ふっと息を吐き出して、右目を何度か弄る。指先に返ってくるのは、コン!とプラスチックの感触。まさか、ここにきて数年悩んでいる体の異常に、答えの様なものが出て来るとは思わなかった。


「でも、状況証拠でしかないよな?」

「はい。だから各会社の機密情報を覗いてみてるのですが…今の所、そのの報告はありません」

「だろうよ。もし、俺の他にそういう連中が居たとしたら、連中はきっとはずだ」

「と、言うと?」

「医者には精神的な問題としか言われなかったが、この力を得てから、どうも人と接するのが苦手になった。自信が無いんだ。弱気になる」


 セシルはそれを聞いて、僅かに首を傾げる。


「普通にできてると思いますが」

「最近は持ち直した方だ。なりたての頃は酷かったんだぜ?」

「そうでしたか」

「全員が全員そうとも限らないがな…ま、絶対数が少ないのは間違いないだろうさ」

「はい」

「ありがとよ、色々と引っかかってたものが取れた所で…そろそろ、あの親をどうしてくれようか、作戦タイムと行こう」


 そう言って、俺はソファから立ち上がった。テレビを消して、ハンガーにかかった上着を取って袖を通して、テーブルに置かれたベレッタを内ポケットに入れる。


「悪いな。思い出せないわ、この目の事まで教えてもらうわで」

「いえ、こうなってしまえば、仕方が無いですよ。ワタシのつまらない意地でしたから」

「代わりに、相棒から格上げだ」


 そう言いながらポケットに突っ込んだ鍵束を取り出し、キーホルダーに引っ掛けた鍵を1つ外すと、セシルに投げ渡した。


「え?これは?」

「俺の部屋の鍵。サブキーだが」

「ヨウさん…」


 セシルは鍵を眺めて、感慨深げに口元をニヤケさせる。


「もう、持ってますけど?」


 セシルがそう言った直後、俺は思いっきりずっこけた。


「いや、そこはちょっと感動したっていい所だろ!」

「調査の時に、作ったのがあるんですよ」

「お前な…初耳だぞ?」

「言ってませんから。それに、作っただけで入ってはいません」

「どうして作ったんだよそんなもん…」

「必須事項かなと思っただけです」


 唖然とした表情をセシルに向けるが、彼女はどこ吹く風といった様子。新たな煙草を咥えて火を付けると、俺が手にしていた鍵束を取り上げ、別の鍵をキーホルダーから外す。


 それは、ローレルのサブキーだった。


「無免だろ?」

「今は免許無いですけど、この先免許を取って、動かすくらいは出来るようにならないと」


 セシルはそう言うと、2つの鍵をバックに入れてニヤリと笑いこういった。


「さ、とりあえず出てにしましょう?ワタシの初彼さん?」

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