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 セシルを無事に03メガタワーまで送った俺は、久しぶりに単独行動の夜を迎えていた。ローレルに乗って、向かう先は02メガタワーの喫茶店。いつもの場所に車を停めた俺は、道中のキヨスクで買った新聞を持ち、エレベーターに乗って12階まで降りていく。今はまだ夜の22時過ぎ、夜はまだまだこれからだ。


 エレベーターを出て、12階。飲食街となったフロアを歩き、仕事終わり…いや、飲み歩きをしている連中の合間を縫って、端へ端へと進んでいく。目的地の喫茶店は、周囲から少し浮いた、大正レトロ風味のある外装だ。品位があり、入るにはが無ければいけない高級店。俺はその店の、質素な扉に手を掛けて中に入っていった。


「いらっしゃいま…あぁ、ミナミさんか」


 入ってすぐ、待ち構えていたかの様にスーさんが出迎えてくれる。


「あれ、彼女は?」

「今日は家に帰したよ。俺等に何があったか、知ってっか?」

「いいえ」

「まぁ、色々あったんだ」


 すっかり顔馴染みの間柄。スーさんは俺をいつもの席に通すと、メニューを置くついでに封筒を1枚置いた。


「これは?」

「昨日の分のオマケだよ」


 尋ねて返って来たのは、潜めたスーさんの声。


「大した事してないぜ?」

「それでいいのさ。ミナミさんの事だし、大したものじゃないと思ってるでしょ?」


 スーさんにそう言われながら封筒の中を見て、入っていた札束を見て、唖然とした顔をスーさんに向けた。


「聞くが、あの中身は何なんだ?」

「知らない方が良い。そのままね」

「そうしとこう」


 どうやら、珍しくスーさんがを渡ったようだ。俺は苦笑いを浮かべながら、封筒に入っていた半分の金をポケットに入れ、半分を返す。


「え?」


 今度はスーさんが驚く番だ。俺は持って来た新聞を開き、目当ての記事を指さした。


「これについて調べてくれ」


 スーさんは俺の指さした記事に顔を近づけ、そして「あぁ」と興味なさげな反応を見せる。


「これ、犯人は捕まったんじゃ…」

「あぁ、昨日、俺とセシルに手を出してきた連中さ。興信所の飼い犬だ。帝国秘匿興信所。石井って男、これが、俺が知ってるキーワード全て。それらの情報にこれを出す」

「なるほど。一体、なんでそんなのが相手に回ったのさ?」

「セシルの親が厄介でな。調べて気付くだろうから先に言うが、セシルは國枝グループ会長の娘だ」

「えぇ!」


 思わずといった形で叫ぶスーさん。すぐに周囲を見回って適当に取り繕うと、そのまま俺の座ったボックス席の、向かい側に腰かけた。


「娘を島から連れ出したいんだと。まぁ、その辺は調べりゃ分かるだろうから気にしてない。娘がいるしな。だからこっち、手駒の方を知りたいんだ」

「はぁ…こういっちゃ何だけど、情報次第じゃ結構けど。良い?」

「そこは信頼してくれ。別に構いやしない」

「そうか。こう、ミナミさん、付き纏われてるに近かった様な気がしたからね」

「それは思い違いだ。いや、昨日までだ。今は立派な俺の女」

「えぇ!?」


 更に驚くスーさん。今度は周囲の席の人間の顔が暫くこちらに向きっぱなしになってしまう。俺は苦笑いを浮かべつつ、メニュー表を開いて、いつものやつを指さして見せた。


「ま、期間は3日。言い値で良い。あと、何時ものね」


 笑いながらスーさんにそう言って、スーさんが苦笑いを浮かべながら仕事に戻っていくのを見届ける。そしてようやくやって来た一人の時間。俺はふーっと溜息をついて、時間潰しに持って来た新聞を読み始める。


 別に、毎日読んでいるものだし、さっきも一通り目を通して来たのだが。俺はテーブル一杯に新聞を広げ、会社の情報を集めていった。


 どうせ数日待てばセシルが調べ上げてくれるだろうが。この数日間、なんの情報もナシに動くつもりは毛頭ない。


「……ふむ?」


 顎に手を当て、細かな文字に目を向ける。まだ老眼な訳は無いが、ちょっとこの文字の細かさは、何時になっても慣れそうになかった。


 眺める記事は、1面や2面などのではなく、3面以降の、何てことの無い記事…あとは株価情報。俺はじっと記事を眺め続け、そしてこの新聞には求めていた情報が無いことを知る。せめてもの成果とするならば、国枝グループに属しているとある会社の株価が、最近下がり調子であるということくらいか。


「収穫無しかよ」


 そう言って、新聞を折りたたむ俺。それをスイングトップの内側…マガジンポケットに仕舞いこむと、丁度良いタイミングでスーさんがブレンドコーヒーを持って来た。


「先にコーヒーからね」

「サンキュ」

「それと、ついでにさっきの話なんだけど」


 どう考えてもコーヒーがついでだ。普段はセットで運ばれてくるのだから。


「幾つかの情報はすぐ出せるよ。断片で良いなら渡せるけど、どうする?」

「当然、貰っときたいな」

「了解」


 短い確認。俺が笑みを浮かべて見せると、スーさんはサムアップして去って行った。残ったのは、テーブルの上で湯気を立てる、モーニングセットに付いてくるはずのブレンドコーヒーだけ。俺はそのカップを手に取り、香りを楽しんでから、ポツリと呟いた。


「偶には、頭でも使って動くとするかぁ…」

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