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深夜というより早朝…今は4時を回った所。俺達は、寝床を確保して、割り振られた部屋にいた。とりあえず一安心だと思うのだが、この場所はちょっと気まずい。
「その気は無いからな?」
「冗談を呟く気にもなれませんよ」
泊まった場所はラブホテル。この時間に開いていそうで、それでいて使い勝手が良い宿泊施設と言えば、ここくらいしか思い当たらなかった。せめて、こういう所には高いお店の綺麗な子を連れてきたいのだが。セシルもその目で見れば、上玉だと思うが…今はそんな事を言ってる場合では無いだろう。
「で、だ。いきなり本題に入るが…俺、昔にあのオッサンと何かひと悶着でも起したか?」
広い部屋の隅に置かれた、豪華な応接セットのソファに腰かけ問いかける。向かい側で、煙草を燻らせていたセシルは、苦い表情を浮かべながらゆっくりと頷いた。
「はい。あの時も、さっきと似た様な言い争いになったんです」
「そうか。それで、俺が思い出すのを待っていた訳か。気まずくて」
「そうですよ。いい思い出では無いですから」
セシルはそう言うと、煙草の灰を灰皿に落として、そして深い溜息を一つ付いた。
「分かってたんですよ。ヨウさんの中で、私はただの夜が似合わない女の子だったって。ただ、夜の街で助けられた女の子のうちの1人でしかないんです」
「…それがここまで来てるんだから大したもんだろ?愚痴は後で幾らでも聞いてやる。セシル、お前は、俺と、何時、何処で出会った?」
やさぐれた様子のセシルに問いかけると、彼女は俺の顔をじっと見つめて…いや、睨んでから口を開く。
「6年前ですかね。私が14歳の時に家出して、夜の街をフラフラしてた時に出会いました。6月でしたね。ヨウさんはまだ函館の市役所に勤めて数か月って時です」
「6年前」
俺はそう言われて、過去の記憶を探し求める。目の前のセシルの姿は、思い浮かばない。茶色く艶やかな長い髪に、黒縁眼鏡、細く切れ長のタレ目に、それに反して好戦的にも思える細い眉毛。恵まれた体躯に、フレンチカジュアルの格好。…記憶の中の人間とは、一致しなかった。
「その時、お前はどんな格好だったんだ?」
「今と全然違いますよ。顔は変わってないはずですが。当時は黒髪で、ショートボブみたいな髪型で…眼鏡もしていませんでした」
セシルの言葉を聞きながら、頭の中でもう一度記憶を探る作業へ…
「服は?」
「服…今と余り変わって無い気がします。強いて言うなら、親が選んだ服ばかり着せられていましたっけ。そのせいでヨウさんの目に引っ掛かったみたいですし」
そこまで言われて、ようやくそれらしい人物が引っ掛かった。生意気で、何も考えて無さそうで、馬鹿っぽい女の子が1人。だけど、彼女はセシルという名前では無かった気がする。ポカンと口を開き…それを見たセシルはフッと鼻で笑った。
「思い出したかは分かりませんが。あの時も、親に決められた高校に行きたくないだの勉強したくないだの言って夜の街をフラフラしてたんでしたっけ」
「まて、一つ思い当たる人間がいるんだが、お前と名前が違うはずだ」
「何ていう子ですか?」
「苗字は忘れたが、セリナだかなんだかって名乗ってた気がする」
「それです。今でこそ本名を名乗ってますが、ワタシも親と同じように表側で偽ってたんです。苗字はそのままですが、セリナと名乗れと言われてましたから」
そこで俺はセシルとの過去を完全に思い出し、目を剥いて口を開け、唖然とした様子で目の前の女を見つめた。
セリナという女は、一言で言えば世間知らずだった。津軽訛りの様な言葉で話すが、物腰も口調もお淑やかで躾がしっかりされている女。話せば如何にも馬鹿な女そのもの。なのに、妙に知恵は働くし、地頭自体は悪くなさそうな、不思議な女。
そんな奴の両親は、当時の俺には地元企業の2代目社長にしか見えなかった。蓋を開ければビックリ、日本有数の大企業の会長だったのだが。
「あの時も、自棄になってるワタシに尽くしてくれましたよね。仕事もあるのに」
「あの時は仕事を忘れたくてフラフラしてただけだ。碌なもんじゃなかったから」
「当時と全く同じことを言うんですね。ワタシの事はスッカリ忘れてたのに」
「何人見てきたと思う。ただの現実逃避だ」
「今もやってるでしょう?」
「…夜にしか生きられないんだ。これ位しかしてやれる事もないのさ」
「立派な事だと思いますよ」
セシルはそう言って柔らかな笑みを浮かべると、姿勢を崩し、ソファの背もたれに身体を預ける。
「あの時も、高校進学で揉めて。ヨウさんが両親を丸め込んで、地元の普通科高校に行ける様に整えてくれたんです」
「そうだったな。その時点じゃ、危うい学力だったよな」
「それもそうでしょう。何でもかんでも、親の言いなりでやらされれば、頭に入るものも入りませんって」
「それもそうだ。でも、非行の一部は治らないどころか悪化したみたいだな」
そう言って笑うと、セシルも俺と似た様な種類の笑みを浮かべた。
「そこは矯正しようとしなかったじゃないですか。あそこでヨウさんに出会ったのは大きいんですよ。ワタシが今ここに居る理由の全てを作ってくれたんですから。目標を与えて、方向修正して、去って行く。話せばそれだけでしたが、十分すぎますよ」
セシルの一言は、俺に妙に重く突き刺さる。夜の街をぶらつく不良少年少女風情を沢山見てきたが、俺が関わった人間への対応は、誰一人として手を抜いていない。だからこそ目の前のセシルの様な奴が出てきたと思いたいが、それは自惚れというものだろう。
「進学の道筋を付けてくれて、親を説得してくれて。そして、こうして生きる目標までくれた。だから決めたんです。20歳以降はヨウさんに捧げるって。だから、こうなったんですよ?居なくなったヨウさんを探して、ヨウさんと再会して、言葉を交わしてる。ワタシはそれだけでもう人生の8割はゴールかなって思ってます」
セシルは惚気た表情でそう言うと、ふとベッドの方を見ながらこういった。
「やっぱり、雰囲気出てきちゃったんじゃないですかね?」
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