國枝家の問題
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「こっちに居たみたいですねぇ」
店に入って来るなり、案内すら無視して店内を見回っていた男が、俺達を見つけてそう言った。仕立ての良いスーツ姿、整えられた髪と眉…張り付けた表情は胡散臭いの一言。そんな男が、ゆっくりと俺達の元へ近づいてくる。
問題はその後ろに続いてきた人間だ。妙齢の男女。俺は2人を見て、そしてセシルの顔を見て、ようやく頭の中に名前が思い浮かんだ。顔はテレビで見たことがある。國枝勝造と言ったか、國枝グループの会長様だ。滅多に表舞台に出てこないが、妙に陰気臭い雰囲気は忘れない。その傍にいる女性は、恐らくその妻…セシルの母親か。
「何かありましたか?」
迫りくる3人を見据えて尋ねる。ほんの少し声を上ずらせる演技も忘れない。だが、先陣を切った男は何も答えず、俺を見てニタっとした笑みを浮かべると、いきなり頬にグーパンを1発くれてきた。
「ぶほぁっ!」
思わずの一撃。驚く間もなく男に首根っこを掴まれて持ち上げられる。様子を見ていた店員たちの悲鳴が耳に入って来た。
「依頼完了、と言う事で良いでしょうか?」
「あぁ、最近、セシルにくっ付いてる男がいると思えば、まさかこの男だったとはな」
男の声に会長の声。どうやら俺の事を知っているらしい。生憎、俺はサッパリだが。
「か、会長様に知っててもらえるとは光栄だ。オッサン、俺と何処かで会ったか?」
ペッと目の前の男に血が混じった唾を吐きかけ一言。まさか一発食らうとは思わなかったが、その瞬間に遠慮は消えた。俺は右目を閉じて、瞬時に奴の線を繋ぎ合わせると、僅かに男の手の甲を拳で押し付け、拘束から逃れる。
「驚いたな。虐めた側は覚えていないとかいうやつだろうか」
「知るかよ銭ゲバ。セシルも俺の事を覚えているらしいが、それ絡みか?」
「…セシル!この男がお前を覚えていないのは本当か!?」
セシルに飛ぶ怒号。図太い太い声が閉店間際のレストランに響き渡る。セシルが無言で頷くと、会長の横に控えていた女が金切り声を上げた。
「あれだけの事をやっておいて無礼にも程があるわ!そのくせまた娘に執着して、何を考えているのかしら!?」
「知るかよ高飛車女。執着されてんのは俺の方だ」
心底呆れながらそう言うと、俺を睨みつけて何もしてこない男を2人の下に押し付けてやる。そして再びソファに腰かけると、不敵な笑みを連中に向けてやった。
「どうして俺等を付け回すんだ?」
単刀直入に尋ねると、会長の下衆な笑いが店内中に響き渡る。
「お前は知らなくていい!セシル、今すぐワシの下に来い!あの島での暮しは止めだ!」
「はぁ!?」
「半年以上調べさせた。学部を勝手に替えたとは思わなかったな!訳の分からない事にうつつを抜かしおって。お前を島にやった条件はただ1つ!お前にワシの会社の経営を任せるその1点だけだと、あれだけ言っただろう!」
図太い怒声。どうやらセシルの事を調べていたらしい。その割に俺の事に辿り着かないのは、調べた人間が下手だったかセシルが隠し上手だったからか…だが、こういう所は親子なのだろうかと、他人事の様な考えが浮かんできた。
「お前の許嫁はもう見つけた!次の住処も仕事も決めている!後はあの部屋を引き払い、大学を止める手続きだけだ。それにはお前のサインがいる。来てもらうぞ!」
「ふざけないで!そんな勝手に決められたことに付いてくと思ってるの?馬鹿じゃない!」
「煩い!出来の悪い長男以下に社は譲らん!お前を後継者にする為だけに金を注ぎ込んだんだ!育ての親に誠意を示したらどうだ?」
その割には、裏でこそこそ色々やってる気がしますけどもね。14で煙草、15で半ばインサイダーの株取引、16で酒を飲んでるんですがね。
除け者に近い扱いになった俺は、会長とセシルの言い争いを眺めて、徐々に冷静さを取り戻してくる。
「そんな金になんて1銭も手を付けてない!口座を見れば分かるでしょう!ワタシはワタシが稼いだ金だけで生きてるの!アンタらみたいな所から一刻も早く消えるためにね!」
「何だと!」
「少しは自分の口座を見る癖でも付けたらどう?」
「セシル!お黙りなさい!」
「黙るのはそっちよ!浮気女!」
「何ですって!」
いよいよ取っ組み合いの様相を呈して来た。俺はさっきから線を繋いだままにしていた男を解放してやると、目線を送って、そしてヒートアップした2人の方に顎を向ける。
「石井!止めるな!」
「待ってください。これ以上の騒ぎは迷惑です!」
意図を察してくれた石井のお陰で場が収まった。この2人の声は、妙に頭に響いて敵わない。
石井が2人を押さえたその隙に、俺はセシルの気を引いて外を指さした。セシルはそれだけで意図を察してくれたのか、コクリと頷いて準備を始める。
「それにこの店も終いだ。家族の問題に首を突っ込む気は無いが」
「テメェ!この間の事を忘れたとは言わせんぞ!」
「喚くなよビール腹。金持ちなら、金持ち喧嘩せずって言葉位知ってんだろ?そんな安い興信所使ってねぇで、素直に島に来れば良いんだ。後ろめたい事が無けりゃな」
俺はそう言って席から立ち上がり、3人を通路脇に押していく。
「なんだ、石井さんとやら。抵抗なしか?」
「お前…さっき俺に何をした?…まさか…」
「聞いた事あるだろ?近づいただけで頭痛になるって男。体質次第なんだが、アンタはちゃんと頭が痛くなるタイプだったらしい」
ジワジワとした痛みを発する頬を摩りつつ、俺に続いて立ち上がったセシルの手を引いて、俺は3人に向けて雑な礼をして見せた。
「家族の問題は家族同士で解決しな。事の次第によっちゃこっちも考えがあるぜ?」
捨て台詞を1つ吐いて、俺とセシルはレジの方へ向かって行く。幸い、1発殴られた程度で、店を散らかしてないのは幸運だ。
「すまない、迷惑料で取っておいてくれ。全員でキッカリ分けろよ?」
店にかけた迷惑は、多少の金を握らせてなんとかするしかない。店員に金を包んで店を出て、暫くして…溜息をついてこう言った。
「思い出す前に、話してもらわないとダメになったな。いいか?」
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