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アクアラインから湾岸→9号→箱崎ジャンクションと繋いで旧首都高へ抜けてきた。汐留に行くにしてはちょっと遠回りだが、念には念を入れて…付いてくる車が居ないかを確認してきた結果だ。
追っ手は振り切れたらしい。ようやく車速を周囲の一般車の流れに合わせ、汐留出口で地上に降りる。車を立駐に停め、空いていたファストフード店に入ると、適当な物を頼んで店の奥に陣取った。店内の客は疎らで、声量さえ気を付ければ、誰にも話を聞かれる心配は無いだろう。
「久々にゾクッと来たな」
浮ついた感覚が取れない俺達。テーブルの向かい側に座ったセシルは何時もの様子で煙草を取り出して咥え、火を付けた。どうやら、妙なトラウマは残らず済んだ様だ。
「もう一度聞くが、心当たり、あるか?」
「今の所は」
「セシル、お前の親は大した金持ちなんだろ?」
「それを言うなら、ヨウさんだって恨まれる事は結構有りそうじゃないですか」
「馬鹿言え、絡んできた連中に逆恨みはされるだろうが、あんな連中は敵に回さない。そもそも清廉潔白だろ?」
「確かに…とはいえ、親の関連でなんて思い浮かばないんですよ」
セシルはそう言うと、煙草の灰を灰皿に落とす。そう言えば、セシルの親がどんな人なのか全く聞いていなかった。興味が無いとは言わないが、あれほどの部屋を娘に与えられる金持ちともなれば、ちょっと聞くタイミングも考えてしまうというもので…
ボンヤリとしているうちにこんなことが起きてしまったわけである。立場ある人間の娘なのだから、こう言う事の1つや2つ、可能性のうちに入れていなかった俺のミスだ。
「しっかし表舞台で騒ぎを起こす度胸のある連中か。俺の手に負えたもんじゃないぜ」
「警察に相談でもしましょうか?」
「出来るかよ、俺のせいで話の骨を折られて、連中の顔が割れたところで打つ手なしだ」
「俺のせい…?あー…」
「この体質にこの眼。それに、あんな白昼堂々行動に移せる連中の後ろに何が居ることやら」
そう言うと、トレーに乗った照り焼きバーガーを手に取って一口齧りつく。安っぽいジャンキーな味が一気に口内に広がった。久しぶりの東京…まさか、こんな理由で来る羽目になるとは…
「ちょっと頭の整理だ。今日はこっちに宿取るが…良いよな?」
「はい、ヨウさんとなら何処でも!って、ふざけてる場合では無いですね…すいません」
「変に気負う方が嫌だがな。この近辺で1日だけだ」
「1日だけ?」
「あぁ、別にそれでいい。暫く隠れて…で、明日島に戻る。ツテは幾らかあるんだ。調査やら、お前のお守り役やら。今は黙って嵐が過ぎるのを待つ時ってわけだ」
そう言って、再びハンバーガーをパクリ。
「暫く俺の任せてくれって所で…セシル、お前の親の事、幾つか聞かせてくれないか?」
その言葉に、セシルはピクっと反応を見せて気まずそうな顔を浮かべる。その様子に、俺は眉を上げて首を傾げて見せた。
「あー、場所変えるか?」
「いえ、大丈夫ですよ、ここで。ただ、その…」
「その?」
「仲が悪いんです。こっちに来て2年、親には1回も会っていません」
セシルはそう切り出すと、煙草の灰を灰皿に落として、煙草を灰皿の隅に引っ掛ける。
「じゃ、あの部屋は?」
「全部私の稼ぎなんです。15の時、親の口座からくすねたお金で投資やら色々と…」
「凄い事言い出したな。じゃ、あれは税金対策の一環か。というかよく未成年でそんなこと出来たもんだ」
「親を騙したんですよ。外面だけは見栄を張りたがる人ですから、そこを上手く突いて」
俺はハンバーガーを齧りながら、セシルの話に耳を傾けていた。
「うちの親も実業家…というのが正しいのでしょうね。幾つか会社を持っていて、でも、経営とか…お金の管理が雑で…良い会社とは言えないと思います」
「名前を聞いても?」
「國枝グループって知ってます?ワタシは、その会長の娘です」
「國枝…!?…あそこの会長の娘…」
驚きが強い時、人はかえって冷静になると言うが、今がまさにそうだろう。國枝グループ…それは、テーマパーク事業を始めとして、様々な業種に手を出したり、時には強引な買収劇で規模を拡大しそれなりの利益を出している、現代の財閥みたいなものだ。
まさかそこの会長の娘だとは思わなかった。尚更、何故彼女が俺の事を知っているかが分からなくなってきた。
「よく、お前、自由にしてられるな。狙われない訳が無いじゃないか」
「どうでしょうね?両親は見栄っ張りですが、出たがりでは無かったですし、そもそも社内では國枝という通名を名乗っていますから、滅多な事では、表で時國を名乗らないんです」
「…それは、通名ってことは、大陸系なのか?」
「いえ、日本人ですよ。なんでも、プライベートを護る術だと言ってましたが」
「確かに、今この瞬間まで、俺が分からないんだものな」
「はい。実際、何処に行っても、ワタシを見てアッという顔を浮かべる人はいませんから。マスメディアの人ですら、ワタシの所に来ない位なんですよ?」
セシルはどこか冷めた様子でそう言うと、再び煙草を咥えてジッと燻らす。俺はとんでもないことを知らされた…という事実が先に来て、暫く圧倒されていた。
「問題が更に悪化する様な情報だわな」
そう言ってハンバーガーを食べきって、包み紙をクシャっと潰す。それからポテトに手を伸ばそうとした瞬間、何気なく目を向けた先、ガラス窓の外に見えた人影を見て、俺の顔から血の気が引いた。
「正気か?」
ポテトに伸ばした手を引っ込め、俺はパッと立ち上がってセシルの手を引く。
そこに居たのは、さっきとは別のスーツ姿の集団。彼らが手にしているのは、黒い銃火器…
「え?」
彼女が窓の外に目を向けて顔を青褪めさせた時。俺は店の奥に向けて足を踏み出していた。
「無茶苦茶しやがる…」
店内の目も気にせず、厨房の方に向けて駆け出した俺達の背後で、一気にガラス窓の割れる音が鳴り響く。駆け抜けた軌跡に、銃弾の跡が出来上がった。
騒然とする店内。俺はセシルの手を引き、店の奥へ奥へと足を動かし、こう叫んだ。
「外だ!ちょっと走るぞ!」
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