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 店の裏手から外に出た俺達は、当てもなく東京の街を駆け抜ける。自慢じゃないが、俺に持久力を求めてはいけない…それはセシルも同じ様だ。路地裏2本分を駆け抜けた所で息が上がって立ち止まる。追っ手がまだ来ていないのは幸いだったが、今日の夜が更に危ういものになったのは明らかだった。


「体力ねぇ~」

「仕方が…ない…はぁ…じゃ…はぁ…ないですか……そ、それに、ヨウさんだって」


 暗い路地裏で、俺達は膝に手を当てて肩で息をする。向こう側に連中の影が見えてきた。


「どう…する…んですか?」

「撃ってこない辺り、ありゃ脅しか…案外話が通じるかも知れないぜ?ま、任せとけ」


 俺達を見つけ、ゆっくりと歩いてくる黒服達。セシルを背後に隠し、逃げも隠れもせず、仁王立ちで彼らを待ち構えた。明かりのせいで顔はよく見えないが…お堅い人間じゃなさそうだ。


「逃げ足の割には、諦めるのが随分早い様で…」


 近づいてきて、先頭に立った男が一言。俺は砕けた笑みを浮かべると、肩を竦めて両手を上げた。


「体力が無いんでね。しっかしどういう了見だ?あんな街中でぶっ放しやがって」

「お前に用は無い。そこをどけ」

「コイツ目当てか。悪いな、先に手を付けた俺の勝ちだ」

「口の減らない奴め…」


 男は下衆な笑みを浮かべると、手にしていた拳銃を俺の喉元に突きつける。ベレッタM1934…金のかかってそうな車の割には、随分としょっぱい拳銃だ。


「金の掛け処間違ってないか?車はBMだったろ」


 突きつけられても怯まず、寧ろ笑みすら浮かべて、俺は目の前の男を煽る。既に連中のた。男は俺の事を恨めし気な目で睨みながらも、に入れない。


「知ってっか?銃ってのは、引き金引かなきゃ弾が出ないんだぜ?」


 に入った時点で、俺の打つ手は終わっていたのだ。趣味の悪い笑みを浮かべ、手にした銃を向けて俺を威圧していた男たちの表情が、徐々に苦悶のそれに変わっていく。


「なぁ、オッサン。アンタが責任者?」


 突きつけられた拳銃を奪い取り、そしてそれを持ち主に突きつける。男は苦悶の表情に、驚愕という名のスパイスを混ぜ込んだ顔を浮かべて、顔を青褪めさせた。


「相手が悪かったな」


 その一言と共に右目を閉じて、指をパチっと鳴らして、オッサンの後ろにくっ付いた連中のを切ってやる。バチ!っと、俺の脳裏にのみ響く。直後、背後にいた男たちが意識を失い、バタバタと倒れていった。


「ひっ!…な、何が起きた?」

「トリックだよ、オッサン。さぁ、どうする?アイツらと同じ方法で、痛みに苦しんで寝るか、洗いざらい吐いて楽に寝るか。あ?どうするよ?」


 右目を閉じたまま男の首根っこを捕まえて、何処かの店の壁に押しやると、もう片方の手に持った拳銃を男の頬に突きつけた。


「や、やめ!ちょ…ま…」

「待つのは嫌いなんだ。10カウントで意識を宇宙まで吹き飛ばしてやるよ」


 さっきまでの威勢は何処へやら。男は小刻みに震えだし、涎を垂らして俺の目をジッと睨みつける。それを見て小さくため息をつくと、拳銃の撃鉄をゆっくりと落とした。


「10、9、8…」

「ま、待て!話す!話すから!止めてくれ!」


 10数え始めた途端、男はそう叫び、腰が抜けてその場に崩れ落ちる。やはり、今夜の相手は金の掛け処を間違えてる様だ。俺は見知らぬ敵に同情しつつ、手にした拳銃をデコックしてポケットに仕舞いこむと、男の襟を引っ張って、更に人の少ない路地へと向かった。


「…離れるなよ?」

「はい」


 しっかりとセシルは傍に置く。この連中以外にも、誰かがいないとも限らない。


「さて」


 もう一本、狭い路地に男を押し込み、俺はようやく右目を開いた。


「どこの差し金だ?」


 ド真ん中の質問を1つ。男は口を開きながら、中々言葉を発そうとしない。


「まぁ、そうだよなぁ…」


 予想通りの反応だ。俺はそう言いながら、スイングトップの内側に仕舞いこんでいた木製のケースを取り出し、中からクラシカルな拳銃を抜き出す。


「アンタらが使うチャチもんと同じだがな。これ、何か分かるか?」


 カチャカチャと、グリップの後部をケースと合体させ…上着から取り出したるは黒い筒。それを銃口に括りつけると、男の顔は暗がりでも分かる位に青褪めた。


「昔の銃は好きだ。なぁ、これで、音もなくぜ?」


 大柄になった得物を男の喉元に突きつけて一言。男は大量の脂汗を流しながら、壁際に思い切り身体を押し付け、腰を抜かし、再び地べたに座り込んでしまった。


「質問を変えてやる。お前、この子がどういう人間か知ってるか?」

「…國枝グループの、会長の娘だろ?」

「どこで知った?」

「さ、最近だ…これを請けた時に、初めて知った…」

「そうか。で、雇い主は誰だ?」

「言えるわけが無い!」


 直後、男の顔のすぐ横に風穴が開く。背後からセシルの短い悲鳴が聞こえてきた。


「言える立場か?」


 。男は痛みに顔を歪めながらも、必死に目を泳がせて、遂に観念したように脱力する。


「こ、興信所だ!帝国秘匿興信所…そこからの依頼だった」

「目的はコイツを攫うだけか?」

「そうだ」

「攫ってどうする?」

「知らない。ただ、捕まえられれば良い。そう、い、言われただけなんだ!」

「それにしちゃ、やり口が危なっかしいな。素直に大学に出向けば良いものを」

「し、知らない!…これも指定されてたんだ!全部!攫って来いって!」


 必死に叫ぶ男。俺はセシルの方に顔を向けて肩を竦めて見せる。


「セシル、やっぱ、誰か怒らせたんじゃねぇか?」


 興味なさげにそう言うと、俺は男を眠らせてやった。銃をバラして仕舞い、地面に転がったトカレフ弾の空薬莢を拾い上げる。そして、セシルの横に戻ると、俺は彼女の方に顔を向けてこう言った。


「安物買いの銭失いするような連中さ。なんとかしてやるよ」

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