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「確かに、よく居酒屋で飲むジントニックとは一味違いましたね!」

「言ったろ?確か、何かの大会で賞を取ってるって言ってたっけか」

「へぇ…でも、どうしてそんな人があんな場末にいるんです?」

「マスターの妹だからさ。いや、あー…妹だったか?詳しく覚えて無いが、その辺だな」


 ダーツバーでスーさんからの頼みごとを消化し、ついでに一杯引っ掛けた後。俺達は15階のフロアの中央付近まで戻り、エスカレーターに乗って14階まで降りた。そこから、セシルに連れられて歩くこと数分。さっきまでの、どこか殺伐とした感じの人混みは消え失せて、周囲には甘いものを目当てに押しかけた女性の姿が目立ち始める。


 フロアの中央辺りから、通路2本分、駐車場に近づいた辺り。その一角には世界中のが軒を連ねており、そこら中から甘い香りを漂わせていた。


「甘いな、この通りを歩くだけでも胃がもたれそうだ」

「また、ヨウさん、まだそんな年じゃないでしょう?」

「甘いものは嫌いじゃないんだがな」

「そんなこと言わずに。最初は何処から攻めていきましょうか!?」


 どこを見ても甘味ばかり。セシルの方を見てみると、「あ、この瞬間が女子大生だね」と言いたくなるような様子で、目を輝かせて辺りを見回している。煙草に酒に、家に戻れば機械に囲まれて…格好以外、とてもじゃないが女子大生とは思えなかったが、今だけは、それを撤回しよう。


「テレビでやってる様なのは売り切れてんじゃないか?」

「そうでしょうね…大抵、その辺りから売り切れて…あ!」

「どうした?」


 急にセシルに腕を引かれて驚く俺。こういう時、女の力を舐めてはイケナイと思い知る。彼女に引っ張られて向かった先は、丁度人混みが途切れた洋菓子店だった。


「凄い!ここのプリンアラモードが残ってるだなんて!奇跡ですよ!」

「あ、お、おう」


 そう言ってセシルが指さしたのは、プリンアラモードなるもの。何が凄いのかは分からないが…1つ1つが芸術品の様に見えた。美味そうだが、値段も凄い。俺がじっくり鑑賞している間に、セシルは急げと言わんばかりに行動を進めていく。


「すいません、これを2つお願いします…はい、店内で食べていきます、はい」


 あっという間の出来事だった。セシルは俺の見ている横でさっさと会計を済ませ…気付けば俺の手にはトレーが持たされており、その上には、さっきショーケース越しに見たプリンアラモードが2つ。


「あそこ空いてますね」

「あ、あぁ…」


 そして、気付いたら、店内に設けられた飲食スペースに座っていた。軽いノリで来てみるかと言ったはずなのだが、どうやらセシルはこれを様だ。このプリンアラモードがでなかったとしても、今日来なくても、何時か連れて来られた気がする。


「電光石火だったな…」

「ヨウさん、こういう場は戦争なんですよ?こんな時間までコレが残っていることがどれ程凄いか!」

「あー、どれだけ凄いんだ?」

「まず、開店後最初に売り切れてしまいます」

「そんなものが売れ残っていたって?」

「はい、不思議ですよね。こればかりは、運が良かったとしか言えません!」


 そう言って、セシルはスプーンでプリンを掬って顔の前に持ち上げる。


「普通のプリンと色が微妙に違うんです。綺麗な黄色でしょう?」

「あぁ、そうだな」

「味だけじゃなくて、見た目だけでも楽しめるんです…では…」


 まるでテレビに出て来る芸能人の様。セシルはスプーンに乗ったプリンをジーっと見回すと、パクリと一口。その直後には、甘さの暴力に蕩けた女子大生の姿があった。


「んー…蕩ける」


 そんなに美味い物かと、俺もプリンを掬って口に運んだ。


「ん!」


 甘味の被害者が新たにもう一人。確かに、これは良いものだ…ただ甘いだけじゃない、ちょっと酸味が効いていて…それが主張しきる前に、甘さが前面に出て来る感じだろうか?とにかく、甘くて、美味い。


「一発目がこれじゃ、この先、ハードルが上がってしょうがないぜ」

「いえいえ、比べてはいけませんよ、どれもこれも、皆違って皆良いはずです」


 綺麗なプラスチックの容器に盛り付けられたそれは、瞬く間に姿を消していく。量は間違いなく少ないが、味がそれを補って有り余る程だったせいか、満足感が凄い。店を出た俺達は、早速次のスイーツを…と目を動かし始めたが、人混みの中に、妙に人影が見えた。


「1発目から良い思いが出来たもんだ…あ?」

「え?ヨウさ…ん?」


 最初に気付いたのは俺で、別の店に目移りしたセシルの手を引き人でごった返す中に突っ込んでいく。


「どうかしたんですか?」

「ちょっと黙ってろ、俺らが相手…な訳は無いと思うが」


 セシルへの説明は後にして、俺は人混みの中、適当な所までセシルを引っ張った。やって来たのはエレベーター前。そこに来て、ようやく俺はセシルに訳を告げる。


「スイーツのフロアに似合わない、スーツ着たオッサン連中を見かけてな」

「それが何か…?」

「お前、良いとこのお嬢さんだろ?ちょっとは警戒したらどうだ?」

「まさか、あの場所で…」

「今はとぼけないでくれ。あの人混みの中に居るスーツの男!あれに見覚えは?」


 そう言ってセシルが分かるように、俺が見た男が居る方を指さしてやると、訝し気だったセシルの表情が微かに強張った。それを確認した俺は、さり気無くエレベーターを呼び出す。


「知り合いか?」


 短い確認を1つ…セシルは何も言わずに首を傾げた。


「分かりません…」


 ポーンと音を立てて到着を知らせるエレベーター。扉が開き、背後から関係ない一般人が降りてくる。


「あぁ、万一があると面倒だな。今日はここまでだ」


 そう言って、俺はセシルを隠すようにしてエレベーターの方へ彼女を促した。視線は男達の方へ向いたまま…見つかってない…いや…


「21階だ!」


 小声で一言、俺とセシルの方に男たちの視線が注がれ…そして何かを喚き出した。


「運が良いのはここまでだったらしい」


 俺は湧き上がってくる緊張感を軽口に変換すると、セシルに向かってこう言った。


「連中が何なのか、話は道中でさせてもらうぜ」

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