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 喫茶店のスーさんからの依頼は、何てことの無い荷物運びだった。それこそ、素直にヤマトか何かに頼めば良いレベルの、何てことの無い依頼。別にの荷物だったら、白い目で見られる程度だろう。


「こんなの、依頼に入るんですか?」

「あぁ。知らない顔にバレるとか面倒だろ?まぁ、別に俺じゃなくても…とは思うんだが」


 喫茶店の倉庫に置かれていたを回収し、俺はセシルを連れて駐車場へと向かっている。中身は、倉庫の中で確認した。内容がシールに書かれていないビデオテープだ。大っぴらに会話にするのは憚られるが…良くあるとかいう、そういうの。


「中身は何なんでしょうね」

「表に出せない物だろうが…スーさんの事だ、大した内容でも無いさ」

「その根拠は?」

「レンタルビデオ屋のR18って書かれた暖簾を潜れない30代半ばだからな」


 俺がそう言うと、横を歩いていたセシルはクスッと噴き出した。


「可愛い人ですね」

「妻子持ち、厳ついのは見た目だけ。まぁ、腕っぷしも強いんだが、人畜無害な人だよ」


 夜も始まったばかりの時間帯。人混みをかき分けて向かう先はエレベーター。俺とセシルは、他愛のない雑談を交わしながら、02メガタワー21階の駐車場までやって来た。


「行き先は00メガタワーでしたっけ」

「あぁ、そこの商業区でも、スイーツあるのか?」

「はい。寧ろそこがメッカですね。あそこ、空港と駅の真横ですから」


 そのまま、駐車場の隅へ。滅多に別の車が止まることのない、隅っこに停められたパールホワイトの車に乗り込む。


「ほーう、じゃ、さっさとお使い終わらせちまうか」


 荷物をセシルに預けると、キーを捻ってエンジンを目覚めさせた。ここから00メガタワーまでは、環状線内回りで5分だ。


 *****


 00メガタワー。昭京府の西に位置する、島内最古のメガタワーだ。タワーの更に西には、海の上にせり出した昭京空港があって、24時間365日、休み無しで飛行機が飛び交っている。


 タワーの内部、5階部分の1フロアには昭京駅が設けられ、2分に1度のペースで東京都や島内のメガタワーを繋ぐ電車が運航していた。首都機能を担う施設もこの00メガタワー周辺に設けられている。この00メガタワーは昭京府の中心地というわけだ。


「何階ですか?」

「15階、送り先はダーツバーのオーナーだ」

「15階…丁度良いですね。その1つ下の階にテレビでやってたお店があるんですよ」

「出来すぎてないか?」

「運がいい日ってことにしておきましょう」


 車を降りて、エレベーターで15階へ。俺とセシルしか居なかったエレベーターを降りた先。狭い通路を抜けて、角を2つ曲がれば、夜の賑わいを見せる商業区が姿を現した。


「相変わらず、凄い賑わいですね」

「観光客にサラリーマンに、出張族?ごった煮だもんな」

「大学近辺がどれ程平和な事か。人、居ませんもの」

「05メガタワーだっけ?昭京大」

「そうですね」

「そういや最近、もう1つ出来なかったっけ?私立の」

「國医教医大ですか、國医教医科大学」

「そう、それだ。そう言うのも混ざって、割と賑わってんじゃないのか?」

「そうでも無いですよ。ホラ、考えてみてください。この島の大学に来れる人を」

「どういう意味だ?」

「あの近辺で遊ぶ位なら、もっと面白い所に行きますよ」


 セシルはそう言って煙草を一本取り出した。俺は彼女の言葉の意味を考え、一瞬の後に、その意味を思い知って苦笑いを浮かべる。確かに、こいつみたいなのが…とまではいかないが、それなりに金持った連中の子供だ。確かに、あの近辺のサラリーマン連中に混ざる事は無いだろう。


「それより、何処なんですか?ダーツバーって」

「端なんだ。駐車場のエレベーターからは一番遠いんだよな」

「端…そっちは行ったこと無いですね」

「飲み屋街なんだが、まぁ、じゃない。ただ、それなりに変わった店が多くて、偶に来るには面白いぜ?」

「なら、スイーツ巡りが終わってからでも…」

「残念、空港みたいに24時間開いてないんだ。大抵11時には閉まるよ」

「入れてもすぐ店仕舞いですか」


 なんだと言いたげに肩を竦めるセシル。俺は苦笑いを浮かべたまま、遠くに見えてきた看板を指さした。


「あれだよ」

「ホント、一番最奥地なんですね」

「タワーとタワーの間より、中での移動の方が時間かかってるよな」


 通路が徐々に狭くなり、周囲の人影も疎らになってきて、辿り着いたダーツバー。俺は手にしたをもう一度確認して、ダーツバーの扉を開ける。


 チャチな作りのレトロな扉を開けた先、落ち着いた店内でダーツを楽しむ客。俺達はそんな彼らの後ろを通り過ぎ、店の一番奥…ズラリと酒のボトルが並んだカウンターまで進んでいく。


「どうも。マスター、居る?御届け物ですって伝えてくれないかな?」


 カウンターに立っていた、顔を知ってる程度の女性バーテンダーにそう告げると、彼女は「かしこまりました」と言って奥に下がっていった。待つ間に、俺とセシルはカウンターの隅に腰かける。


「ついでに1杯引っ掛けてくか?」

「奢りですか?」

「当たり前だ。俺は飲めないが」

「やった!ありがとうございます!」


 セシルはそう言って、短くなった煙草を店の灰皿でもみ消した。随分と簡単な仕事…だがまぁ、こんな楽な事でも、案外需要はあるものだ。


「運がいい日、だな」


 俺はカウンターの奥にズラリと並んだボトルを見ながら、こう言った。


「ジントニックでも作ってもらったらどうだ?あの子の腕は保障するぜ?」

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