イージータスクとバッドラック

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「相変わらず、待ち合わせ時間に正確だな」

「はい。当然じゃないですか」


 ここ最近、俺達の夜は、02メガタワー12階にある会員制の喫茶店から始まることが多くなっていた。


「良い心掛けだ。誰の仕込みだ?」

「ヨウさんに決まってるでしょう」

「…相変わらず、思い出せないんだがな」

「それで、まだ注文してないんですか?」

「あぁ、俺もまだ来たばっかだからな」

「そうですか。選ぶ余地も無く、でお願いします」

「だと思ってた」


 *****


 時國セシルと出会って2か月、俺のとして隣に収まったセシルは、俺の想像を遥かに超えただった。なぁなぁ済ませていた店の運営にメスをいれて成果を上げると、俺が手を出したの手段の全てに手を伸ばし、手当たり次第にキャッシュフローを改善していく…


 その度に俺が給料を出すだのなんだのと言ったのだが、彼女は要らぬの一点張り。どうやら金持ちの子供は、お金に興味が無いらしい。


「で、最近、ちゃんと大学行ってんのか?」

「行ってますよ。これでも、真面目ちゃんですからね」


 4月からセシルは大学2年生、それなりに忙しいはずだと思うのだが、彼女は毎日必ず俺と夜を共にしていた。何時寝ているのだろうかと不安になるのだが、隈一つできていない彼女の顔を見る限り、どうにかなっている様だ。


「それより、今日の予定はどうなってるんですか?

「今日は何も無い。そもそも、俺は経営だなんだに首を突っ込まないからな」

「そんなんだから、あんなどんぶり勘定なんですよ。…なら、今日はお休みですか」

「あぁ」

「休日って訳ですね」


 薄暗いレトロな店内。落ち着いたジャズが流れていた。俺とセシルは隅のに腰かけて、を楽しんでいる。何時も通り、分厚いクッションのベンチに楽な姿勢で座ったままダラダラし続け…セシルは本日4本目?位の煙草を咥えて火を付けた。


「今日はよく見られますね。ワタシ達」

「気にすんなよ。初見が多いだけさ。この時期、ボーナスついでに昇格する奴も多いから」

「なる程、6月と言えば、そういう時期でしたか」

「1年経って慣れて、それ以降続くかはそいつら次第。当たり前の様に喫茶店として使ってりゃ平和だが、案外危ない所なんだぜ?」

「今更ですね。そもそも…」

「釈迦に説法だったか」


 この席にいるのは、赤いフレンチカジュアルに身を包む女子大生に、アイビールックに身を包んだ30手前のくたびれた男。場に似合うのだろうが、会員制である手前、周囲のな連中からは浮いていて、ちょっと奇異な目を向けられる事が多かった。


 俺等をチラチラ見てくるのは、初見の顔だ。長くこの喫茶店の連中は、俺等の事を微塵も気に掛けない。


「いるものですよね、掲示板にXYZなんて書きそうな人」

「色々気にしなければ、ほぼみたいなもんだからな。腹に何か抱えてるのが多いんだ。昼よりも夜の連中ってのは」


 ここは、俺とセシルの待ち合わせの場であり、食事の場であり、そして、俺が個人的にやってるの依頼を受ける場でもあった。普段の仕事が無い時に限るが。18時に起きて、18時半にはこの席に座り、20時までダラダラとが無いかを待ち構える。


「あと5分です」

「分かった。会計はさっきスーさんにやってもらったから、5分経ったら出よう」

「今日は何処へ?」

「考えてない。ネタ切れだ」

「遂にネタ切れになりましたか、この間までは、何だかんだネタがあったのに」

「流石に、2か月の殆どを好きに歩き回れるってんなら、一通り制覇出来るだろ」

「それもそうですね」

「何か希望でもあったか?」

「はい!この間、お昼の番組でやっていたスイーツ店巡りをしてみたいです」

「スイーツ。もう遅いんじゃないか?」

「それが、夜に食べるスイーツ特集だったんですよ。仕事帰りの人がターゲットみたいで」

「はぁ~、じゃ、それで決まりだな」


 完全にバイト終わり5分前の雰囲気。俺は冷めきってしまったコーヒーを一気に飲み干し、テーブルにカップを戻す。セシルは短くなった煙草を灰皿にもみ消した。


「残り1分。ヨウさん、この辺の時間管理、凄い厳格ですよね」

「コンマ何秒で泣いた経験が多くてな」

「ジムカーナ?でしたっけ」

「あぁ、別に普段から気にする必要なんざ無いんだが」


 そう言いながらソファから通路の方にズレてゆき、ゆっくりと立ち上がろうとした時。俺達の席に誰かが走ってくる様子が見えた。


「お蔭様で、1秒で泣く人はいませんでしたね。19時59分59秒でしたよ」

「細かく見てんな…」


 セシルもその影に気付いたらしい。俺達の方に手を振って、俺達を留めようとしている人物。それは、身なりの整ったこの店のウェイターだった。


さん。ごめん、出るところだった?」

「いいや。ギリギリセーフ。珍しいじゃない、スーさん」


 立ち上がった直後だったが、再びソファに腰を落ち着かせる。向かい側にいたセシルも同様に、ソファに腰を下ろした。


「余程の急用と見たけど」

「いや、そうじゃないんだ。そうじゃないんだけど、ちょっと頼み事を思い出して…」

「そう言うのを余程の急用って言うと思うんだが」

「アハハ、相変わらずだな。それで、頼みはこの紙に書いてるんだけど」


 この店のチーフは、声を一段潜めてそう言って、俺とセシルの間にメモ用紙を置く。


「完了の連絡無し。結果払い。支払いはいつも通り。簡単なお使いだよ」

「分かった。別に、大した事でもないんだろ?」

「あぁ」

「請けるよ。任せとけ」


 俺はそう言ってメモ用紙を取り上げると、セシルの方を見てこう言った。


「スイーツ巡りしながらでも出来る依頼だ。良い暇つぶしが出来るな」

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