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「どうでしたか?ワタシのは」


 目の前で、セシルが誇らしげな顔を浮かべて仁王立ちしていた。ここは08メガタワー15階の、経営を任せているスナックの事務所。試しにと、仕事のとして色々とやらせてみた所、セシルは予想以上に手際よく、あっという間に仕事を終わらせて見せた。


「中々いないぜ、ここまでできる奴」

「ありがとうございます。では、ですね?」

「あぁ、給料も出すさ。良いのか?他に引く手あまただろうに」

「良いです、無給で。ワタシはヨウさんの傍にいられれば良いですから」

「ヤバい類の時には無理だと言う事も?」

「勿論」

「で…携帯をどう使うのかも、教えてくれるんだよな?」

「はい。勿論。ですが…別の場所で良いですか?」

「別の場所?」

「はい。ここでは、が気になりますから…なので…その…」


 セシルは僅かに声が上ずっている。俺が怪訝な顔を見せると、彼女はさっきより小さな声で、ポツリと言った。


「ワタシの家で」


 *****


 08メガタワーから車を走らせ03メガタワーへ。夜に女子大生の部屋にお呼ばれする…意識しないわけでは無いが、セシルと雑談を交わしていると、そんな気も薄らいでいた。


 彼女は俺の事を俺以上に知っていると言う事を、改めて思い知らされる。この昭京府に出店している店の状況をすべて把握していて、問題やら改善策やらが次々と出てきた。島内の大学なのだし、この手腕…頭の回転の良さは、の経済学部だろうか?と思って聞いてみたが違うらしい。その答えは、彼女の部屋に着くまでのお楽しみだそうだ。


 03メガタワー21階の駐車場に車を停め、エレベーターに乗って居住区へ。29階までのどこかだろうと思っていたら、セシルは「37階です」と言い出した。住んでいる事だけでもステータスとなるメガタワー。その35階以上ともなれば、余程の金持ちでなければ住めない階層だ。そんな場所で1人暮らし…冗談で令嬢だと言っていたが、本当らしい。


 俺はつくづく、何でこんな娘が俺に…と自問自答を重ねながら、彼女に案内されるがまま、自分の住むメガタワーですら入ったことが無い、35階以上のフロアへ足を踏み入れた。


「ここです」


 最早高級住宅街だと言っても過言ではない内装を誇るフロア、セシルが自室だと示したのは、角から3つ手前の扉だった。


「ここから先、というのが正しいでしょうか。ここから奥の3部屋がワタシの部屋です」


 サラリと告げられ、俺は開いた口が塞がらない。セシルは扉を開けて、手を振って中に俺を招き入れる。


「気を付けてくださいね、色々と散らかっていますので」

「お、おう…」


 唖然としたままの俺、靴を脱いで部屋に上る…部屋は、。彼女が真っ暗な部屋に明かりを付けると、その蒸し暑さの正体が眼前に現れた。


「マジかよ…なんだこれ…」


 オフィスとして使うなら、3,40人分のデスクが置けそうな高層階の1部屋…間取りはそれぞれワンオフと聞いたことがある。実際、そうらしい。だが、セシルの部屋程、使われ方をしている部屋も早々無いだろう。


 3部屋を打ち抜いた、広大な1。そこには、俺が触れないパソコン系の機器類が整然と並んで音を立てており、2,30は下らない巨大なブラウン管モニター達が壁一面に並んで何かの情報を映し出していた。床は上げ底、タイルカーペット敷きで、機器類の配線の行く先は足元なのだろう。見渡す限り機器とモニターに覆われた部屋。そこに女の子らしさは微塵も感じなかった。


「これが秘密か?もしかして、セシル、お前のいる学部って」

「はい、情報工学科です。変人の巣窟と名高い学科ですよ」

「マジかよ…なぁ、風呂とかトイレとか、キッチンは?」

「トイレは隅にありますが、お風呂は無くて、台所も簡易的なのしかありません」

「どうすんだ?」

「35階以上ともなれば、専用の施設がありますし、食べるのは基本外なので」

「どこで寝てるんだ?」

「この部屋の何処かで…でしょうか。布団はちゃんと畳んでそこにあるので」

「…そうか」


 アッサリと言ってのけるセシルに、俺は最早何も言う気にはなれなかった。ただの酔いどれ女子大生だと思っていた第一印象が、急速に書き換えられていく。昭京大学情報工学科。噂を聞いたことがある。法のグレーゾーンは平気で踏み抜く狂人の集いだと…


「この機械を使って俺を見ていたって訳か?」

「はい。に設置しました。というのは半分冗談で、情報収集用です。島内にある監視カメラの映像は全てココに入って来ます」

「なら、態々外に出てまで俺をつける様な真似をする必要も無かったんじゃないか?」

「何処まで行っても、生身の価値に勝る物はありません。それに、常にヨウさんの動きを見ている訳ではありませんから」

「というと?」


 俺の問いを受けて、セシルは間近にあったパソコンのキーボードを適当にカタカタと打ち込み、ブラウン管のモニタに何かを映し出した。それは、俺では到底理解できそうもない、英語の書類。唯一分かるのは、Confidential…社外秘と言う事だけ。


「色々と興味が有る物を調査してるんです。今見せたのはの機密文書」

「俺が付けてる義眼メーカーの書類か。何でもアリかよ」


 部屋に入って間もないが、これだけ濃い情報量があれば十分だろう。俺はセシルに渡された携帯電話を取り出すと、小さなため息をつく。


「人探しに物探し、調べものに困る事は無さそうだな」

「はい。カメラを見ながらのサポートも出来ますよ?気に入ってもらえました?」

「あぁ、頼らせてもらおう。お前が敵じゃなくて良かった」


 そう言うと、セシルはゆっくりと頷いてこう言った。


「ありがとうございます。全てヨウさんの為ですから!ちゃんとを思い出してくださいね?」

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