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 セシルを助手席に乗せたまま、夜の高速を流して辿り着いたのは、大黒PA。狭い島の環状線をグルグル回るのにも飽きてきて、ふと、セシルが「東京にでも出てみませんか?」なんていうものだから、予定も何も無かった俺は、二つ返事で車の鼻先をに変えたのだった。


「すっかり下火だけど、いるもんだな。こういう連中」

「どういう連中ですか?」

「あれだよ、ルーレット族だなんて言われてる奴等さ」


 適当な所に車を停めて、自販機の所までやって来た俺達。セシルにブラックコーヒーを1缶奢って、俺は350缶のコーラを手にして、駐車場に鳴り響く爆音の震源地を眺めていた。


 視線の先に見えるのは、スカイラインGTRにスープラ、RX7…乗ろうと思っても乗れなかった、そしていざ乗れる様になれば、なんか違うなと思って選ばなかった車たち。俺はそれらを冷めた目で眺め…小さな溜息をつく。


「なぁ」

「何でしょうか?」

「俺に付き纏った所で、面白くも何んとも無いぞ」

「そうでしょうか?面白いだなんて、人それぞれですよ」


 駐車場の隅で語らう今の何が楽しいのか、俺にはサッパリ分からないが。セシルは吸っていた煙草の煙を吐き出して、灰を落とすと、俺の方に目を向けた。


「話しかけられなかった人を観察して1年経つんですよ。今がどれ程楽しい事か…」

「そうだった」

「ちゃんと、思い出してくださいよ?でなければ、ワタシと夫婦になれないんですから」

「分かったよ、思い出す努力はしてやるが。そっから先は別の相談だ」


 そこで一旦区切って、コーラで喉を潤し、再度口を開く。


「そんなにくっ付きたけりゃ、積極的に思い出させてみろよ。そっちの方が早いだろ?」

「それじゃぁ、つまらないじゃないですか。ワタシが何もかも支配しちゃうみたいで」

「今ですらそれに近いんだが…」


 そう言いかけた途端、PA中に改造車の爆音が鳴り響いて思わず口を閉じた。見やれば勢いよくPAを去って行くスポーツカー。それを見て深い溜息を付くと、残り少ないコーラを一気に飲み干し、空き缶をゴミ箱に投げ入れる。


「ナイスショット」

「…もう一度言っとくが、の時にお前を巻き添えにする気は無いからな?」

「それはどうでしょう?裏方ならば、ワタシの手助けがあった方が良いと思います」

「自信だな。大抵は何てことない仕事だから、付いてきた所で意味は無いが、そうじゃない時だってあるんだ。ただの見知らぬ大学生を、危険な仕事の巻き添えにさせられるかよ」


 そう言って足を踏み出す。そろそろ、この場から動きたくなってきた。話す内容的にも、誰かに聞かれて良いものではない。


「知ってますよ。去年1年間で、危険らしい危険は1度だけだったじゃないですか」

「その1度が問題なんだよ」


 そう言いながら、車のドアロックを解除してドアを開ける。運転席に座ると、一呼吸遅れてセシルが助手席に収まった。


「簡単な話です。なにも四六時中、傍にいさせろとは言いません」

「じゃぁ、どういうことだ?それで手伝うって?」


 キーを回しかけた手が止まる。


「これを持っておいてください」


 彼女はそう言って、何かをバッグから取り出した。それは、小さな携帯電話と有線のヘッドセット。それを俺に寄越し、俺は怪訝な顔でそれらを見つめる。


「ワタシ名義の携帯です。ヨウさん、持ってないみたいですから」

「待て待て、どういうことだ?話が全く見えないんだが」

「ヨウさん、今のお仕事は?」

「実業家だろうな。持ってる店のフォローにも出るが。それ以外は暇を持て余してる。あ、あと株式投資もしてるか…」

「それは表の顔でしょう。裏ですよ、裏」

「言ったろ。夜が似合わないやつを夜から叩き出すって」

「正確に言いましょう。夜に紛れて家出した少年少女を保護して、更生させたり…その力を持って、ちょっとしたをしているって」

「物は言い様だな」

「はい、言い様です。何でもしていますよね。それこそ、義賊みたいなことから、警察に捕まりそうな運び屋まで」


 セシルはそう言いつつ、ニヤニヤした顔を浮かべたまま、バッグから更に何かを取り出した。木製のケースに入った何か、それを見た俺は、顔を青褪めさせて思わず手が出そうになる。


「おま…お前!いつの間に?」

「これを玄関に置いておく位の間抜けさんです。今の暮し、長々と続きませんよ?」


 俺の反応を見てクスッと笑ったセシルは、そのケース…モーゼルC96という、古の時代の拳銃が入ったそれを俺に押しつける。それを奪い取るように受け取ると、スイングトップの内ポケットに仕舞いこんだ。


「洒落になってないぞ!」

「洒落にする気がありませんから。最近、予定の管理がおざなりになっていませんか?」

「…秘書として雇えと言う事か?」

「はい、お金は要りません。将来の旦那様ですもの。予定の管理の他に、もっと色々とサポート出来ますよ?」

「ヤラシイ意味に聞こえるな」

「言ったでしょう?処女だって。そんなんじゃありません。どうでしょう?試験がてら1件にでも、行きませんか?」


 ニヤケ顔を消した、セシルの表情。俺は彼女の顔をジッと見据え、そして溜息を付くと肩を竦めた。


「人聞きの悪いこと言うな。ただの月次決算だろ。はぁ…明日で良いかと思っていたが…分かったよ、俺の負けだ」


 そう言って、捻りかけて止まっていた手を動かし、エンジンを目覚めさせる。


「これが問題なく終わったら、携帯の使い道でも教えてもらおうか」

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