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 つくづく、俺はお人好しだなと思ってしまう。お人好しというか、流されやすいというか、芯が無い人間に違いない。家に押しかけてきた、昨日出会ったばかりの女を助手席に乗せて、俺は夜の昭京府へ繰り出していた。


「いくら車が好きだからとはいえ、よく車を持とうと思いましたね。この島で」

「実際、要らないっちゃ要らないんだが。当ても無くドライブするのが好きなんだ」


 セシルから尋ねられた当然の問い。この昭京府で暮らすには、自家用車など無用の長物だった。東京湾に作られた狭い人工島。9年前に遷都したこの島に設けられた下道は、必要最低限の作りでとても狭く、一般車は通行禁止になっている。


 だから、一般人が走れるのは、こうして10個あるメガタワーを繋ぐ環状線だけだった。10個のメガタワーを繋ぎ、そのループから外れれば湾岸線へ…湾岸線はやがて海の下に潜り、東京アクアラインのど真ん中に繋がるのだ。


「それに、相変わらず、弄った車ですか」

「なんかな。折角の新車だってのに、この島の連中の車を見てると負けた気がしてな」

「…その丸いメーターも後付けですよね?昔乗ってたシルビアにも付いてた気がする」

「そりゃ使いまわしだからな…お前、俺の大学時代を知ってるのか?」

「知識として知ってます。でも、実際に会ったかどうかは教えません」

「…大体、誰かに会った時は自己紹介ってのをするもんだろう?」

「そんなの無くても大丈夫ですよね。ちゃんと知ってるんですから」

「お前な…」

「実際、こんな怪しい女なのに、ワタシのこと、無下にしないでしょう?」


 セシルにそう言われた俺は、思わず顎に手を当てる。


「ほら、昔から変わらない癖ですよ。言い返せなくなった合図」


 黙り込んだ俺を見て、セシルはニヤリとした表情を浮かべてこちらに顔を向けた。


「煙草、吸っても?」

「どーぞ」


 セシルは煙草を1本取り出すと、パネルに収まっていた灰皿を開ける。煙草を咥える直前、彼女はその手を止めて、悪戯が思いついた時の様な表情を俺に見せた。


「碧陽、北海道札幌市出身の28歳、独身。地元の大学を卒業後、函館市役所に就職。そこで2年働いた後退職。その後、昭京府にするが、すぐに定職にはつかず、夜の仕事をフラフラ」

「おい…」


 煙草を手にしたセシルは、唐突に俺の経歴を話し始める。簡単な経歴だが、彼女の話す内容に間違いは無かった。


「上京して数か月後、95年の8月12日、不慮の事故で右目を失明。その1ヶ月後、当時出始めだったによって右目を機械に置き換えた。今の視力は右が1.6、左が1.4…でしたっけ」

「セシル、何が言いたいんだ?」

「確認ですよ。ワタシはヨウさんの全てを知ってるって」

「それは十分思い知ってるよ。その上で、何を求めてる?」

「認めてほしいんです。ワタシを真剣に付き合っている彼女だと」


 セシルの言葉の後、暫く車内にはエンジン音しか聞こえてこなくなった。前を見ながら、どう答えてくれようかと考えを巡らせる俺。その間に、セシルは煙草を咥え、シガーライターを奥まで押し込んだ。


「ヨウさん、今、フリーですよね?と、いうより、大学時代から女っ気無かった様な…」

「俺にだって選ぶ権利はあるだろ?得体の知れない女に付き纏われる身にもなってみろ」


 カチッっとシガーライターが戻ってくる音。セシルはそれを引っこ抜くと、咥えた煙草の先端に火を付け、最初の煙を吐き出した。


「その割に、こうして得体の知れない女を助手席に乗せちゃってますが」

「得体が知れないからだよ。なぁ、俺がそれを認めたとして、お前は何で俺に執着するのか答えてくれるのか?」

「まさか、それはヨウさんが自力でに辿り着くまで内緒です」

「そうか…」


 俺は答えを練りつつ、ウィンカーを右に出す。遅い商業バンを追い抜いて、再び左車線へ。そして、セシルの方をチラリと見やると、俺は僅かに口元を緩ませた。


「なら、秘密にしてる事を話してくれるまでは、ただの付き纏いって事にしてやる」

「やはりそう来ましたか」

「なんだよ、少しはガックリしたらどうだ?」

「読めていましたから。ここ1年、何人かの女性に言い寄られてたと思うのですがね?」

「まさか、見てたのか?」

「いえ、現場までは。でも、それでも女っ気0ってことは、どうにかして、煙に撒いたのでしょうねと思っただけです」


 事もなげにそう言うセシルだったが、僅かに彼女の目じりは下がっていた。それを見ても尚、さっきの言葉を訂正する事無く、淡々と車を走らせる。行く当てもないドライブ…目的地は、走りながら考えるに限るだろう。


「ならば、ヨウさんがまで、こうして付き纏わせてください。そして、別の視点でワタシを売り込みましょうか。ヨウさんのお仕事のお手伝い、出来ますよ?」

「どういう意味だ」

「相変わらずやってるんでしょう?夜の掃除屋さんの

「……お前を巻き込む気はないぜ?」

「巻き込まれたい女は巻き込んでおくべきですよ。それに、嫌だと言っても、今日のみたいな事が続くだけです」


 俺は返す言葉を失った。その中で、昔吸っていた煙草の香りが鼻に付く。セシルは俺の様子を見るなり、下がった目じりを元に戻してこう言った。


「だから、最初は相棒から始めましょう!是非、お手伝いさせて下さい!」

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