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 この力は、使いこなせるようになるまで随分と苦労した。それは今から2年前のある日の事だった。をしなくなって、昼夜逆転生活に入り浸っていた当時、他愛のない事で突っかかって来た男が、急に俺の目の前で喚き声を上げたんだ。


 直前に感じたのは、様な変な感覚。頭の中でがパチっと弾け飛び、その瞬間、目の前の男は苦悶の表情を浮かべ倒れ込んだ。死んではいない、ただ、長い間目を覚まさず…実際、昏倒した男は3か月も眠ったままだった。


 最初の出来事から数か月…俺は昼間に強烈な眠気に襲われる様になり、意図せず瞬間が増えていく。あの頃は無差別にが起きていた。昼夜逆転生活、…医者にかかっても訳が分からないと言われ、相手にされなかった。


 *****


「なるほど、いきなり今の状態になった訳では無いんですね」


 時國セシルというヤバい女に出会った次の日の18時半。俺は部屋のソファに座りながら、煮え切らない表情を浮かべていた。


「あぁ」


 目の前にいるのは、時國セシル…俺の悩みの種になりたいと立候補してきた変な女。俺が目を覚ました1分後には部屋のインターフォンを鳴らし、寝ぼけていた俺は不用意にも彼女を家に招き入れてしまった。昨日と同じ、真っ赤なフレンチカジュアルの格好に身を包んだセシル…ドアの覗き穴越しに、ちょっと魅力的に見えてしまった自分が少し哀しい。


 彼女を部屋に招き入れ、少し経って頭が醒め、どうにかして彼女を帰そうとしたのだが、招き入れた時点で決着はついていた。押し問答を繰り返す末に根負けした俺は、俺にとっての朝食…彼女にとっての夕食を作って食べ、何もすることが無くなったので、こうして過去話に花を咲かせている訳である。


 食器を片付けた後の食卓。普段は俺1人しかいないこの場所、今は向かい側に女が1人。たまにはこういうのも良いなと思えてしまう。我ながら、お人好しも良い所だ。


「どうしてそれが、右目に入れたインプラントのせいだと分かったんですか?」

「何度も他人を昏倒させてくうちに気づいたんだ。使う時、僅かに右目が疼くってな」

「なんか中学生みたいな事言いますね」

「俺でもそう思う。だけどな、実際そうなんだ。見てみるか?」

「え?それって…」

「大丈夫だ。威力調節位やれる。信じるかどうかは別だが、やろうと思えば、頭をポップコーンに出来るんだぜ」

「それを聞いて、はい!食らいたいです!なんていう人、いませんよ?」

「その割には興味津々といった様子だが?」

「ワタシは興味しかありませんがね。信じてますから。それに、人の頭をポップコーンにする趣味はないでしょう?」

「その自信、どっから来るんだ」

「それはもう!ワタシの旦那様ですから」

「…今は酒、入って無いんだよな?」

「当然!素ですよ!素!」


 セシルは満面の笑みを浮かべて答えた。令嬢とまではいかずとも、見た目も立ち振る舞いがいいとこ育ちの女に見えるのだが、どうやら俺の観察眼は大したことが無いらしい。


「で、マジでやるか?」

「はい!痛くしないでくださいね!ワタシ、処女ですから!」

「んなもん知るか!じゃねぇ!ちょっと頭がピリ付くだけだよ」

「知ってますよ。冗談です。あ、処女ってのは本当ですからね?」

「お前みたいな処女がいてたまるか。…はぁ、いいか、目を良く見てろよ?」


 そう言うと、セシルは口を閉じて表情を消した。真面目な顔、俺は僅かに口元を苦笑い気味に歪ませると、セシルの


 一瞬にも満たない


 セシルは僅かに顔を歪ませ頭に手を当てたが、すぐに痛みが引いたらしい。


「へぇ…こうなるんですか」


 俺の右目をジッと見つめてそう言うと、彼女は次第に笑みを深めていった。


「これは知らなかったです」

「だろうな」

「そうだ。一応…この部屋、煙草吸えますか?」

「ご自由に」

「ヨウさんも1本どうですか?ラッキーストライクじゃなかったでしたっけ?」

「2年前に止めたよ。こうなってから、なんか吸わなくなったんだよな」


 そう言いながら、セシルから渡された煙草を手で制す。彼女はその煙草に目を落とすと、それを咥えて、安物のライターで火を付けた。


「そうでしたか。見てて、禁煙なんて頑張っても無駄だよなぁって思ってたのですが」

「それも知ってんのかよ」

「えぇ、去年くらいから、たまに見かける度に吸ってないなって。あんなに吸ってたのに」

「健康志向に目覚めた訳じゃないんだぜ」


 セシルは俺の言葉に薄笑いを浮かべると、ふーっと煙草の煙を吐き出す。テーブルに乗っている、使っていない灰皿に灰を落とすと、俺の顔をジッと見据えて頷いた。


「右目、元に戻りましたね」

「そうか。俺の目、使はどんな風になってるんだ?」

「こう…黒い瞳孔が、真っ黄色にピカピカ光ってましたよ」

「言われた事が無いんだが…」

「ジッと見て無きゃ分からないでしょうね。何て言えばいいんだろう、黒目の中に星がチラついてる感じ?とでも言いましょうか…」

「ロマンチストかよ」

「実際そうなってますからね。あぁ、寒い日に雪がキラキラ輝いてる感じ。あれが一番似てるかも」


 俺の顔をジッと見つめた後、セシルは時計を見上げた。


「…そろそろ19時ですか」

「あぁ」

「では、この辺で…街に繰り出しましょう!」


 彼女はそう言ってパッと立ち上がり、テーブル越しに俺を見下ろす。帰らないのかよと、ポカンとした顔でセシルを見返す俺。彼女はそんな俺に悪戯っ子の様な笑みを向けると、明るい声色でこう言った。


「暫く、ワタシの1年間の我慢に応えて下さい旦那様!夜はこれからですよ!」

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