-4-
この力は、使いこなせるようになるまで随分と苦労した。それは今から2年前のある日の事だった。まともな仕事をしなくなって、昼夜逆転生活に入り浸っていた当時、他愛のない事で突っかかって来た男が、急に俺の目の前で喚き声を上げたんだ。
直前に感じたのは、線を繋ぎ合わせる様な変な感覚。頭の中で何かがパチっと弾け飛び、その瞬間、目の前の男は苦悶の表情を浮かべ倒れ込んだ。死んではいない、ただ、長い間目を覚まさず…実際、昏倒した男は3か月も眠ったままだった。
最初の出来事から数か月…俺は昼間に強烈な眠気に襲われる様になり、意図せず線を繋ぎ合わせてしまう瞬間が増えていく。あの頃は無差別にソレが起きていた。昼夜逆転生活、力…医者にかかっても訳が分からないと言われ、相手にされなかった。
*****
「なるほど、いきなり今の状態になった訳では無いんですね」
時國セシルというヤバい女に出会った次の日の朝18時半。俺は部屋のソファに座りながら、煮え切らない表情を浮かべていた。
「あぁ」
目の前にいるのは、時國セシル…俺の悩みの種になりたいと立候補してきた変な女。俺が目を覚ました1分後には部屋のインターフォンを鳴らし、寝ぼけていた俺は不用意にも彼女を家に招き入れてしまった。昨日と同じ、真っ赤なフレンチカジュアルの格好に身を包んだセシル…ドアの覗き穴越しに、ちょっと魅力的に見えてしまった自分が少し哀しい。
彼女を部屋に招き入れ、少し経って頭が醒め、どうにかして彼女を帰そうとしたのだが、招き入れた時点で決着はついていた。押し問答を繰り返す末に根負けした俺は、俺にとっての朝食…彼女にとっての夕食を作って食べ、何もすることが無くなったので、こうして過去話に花を咲かせている訳である。
食器を片付けた後の食卓。普段は俺1人しかいないこの場所、今は向かい側に女が1人。たまにはこういうのも良いなと思えてしまう。我ながら、お人好しも良い所だ。
「どうしてそれが、右目に入れたインプラントのせいだと分かったんですか?」
「何度も他人を昏倒させてくうちに気づいたんだ。使う時、僅かに右目が疼くってな」
「なんか中学生みたいな事言いますね」
「俺でもそう思う。だけどな、実際そうなんだ。見てみるか?」
「え?それって…」
「大丈夫だ。威力調節位やれる。信じるかどうかは別だが、やろうと思えば、頭をポップコーンに出来るんだぜ」
「それを聞いて、はい!食らいたいです!なんていう人、いませんよ?」
「その割には興味津々といった様子だが?」
「ワタシは興味しかありませんがね。信じてますから。それに、人の頭をポップコーンにする趣味はないでしょう?」
「その自信、どっから来るんだ」
「それはもう!ワタシの旦那様ですから」
「…今は酒、入って無いんだよな?」
「当然!素ですよ!素!」
セシルは満面の笑みを浮かべて答えた。令嬢とまではいかずとも、見た目も立ち振る舞いがいいとこ育ちの女に見えるのだが、どうやら俺の観察眼は大したことが無いらしい。
「で、マジでやるか?」
「はい!痛くしないでくださいね!ワタシ、処女ですから!」
「んなもん知るか!ソッチじゃねぇ!ちょっと頭がピリ付くだけだよ」
「知ってますよ。冗談です。あ、処女ってのは本当ですからね?」
「お前みたいな処女がいてたまるか。…はぁ、いいか、目を良く見てろよ?」
そう言うと、セシルは口を閉じて表情を消した。真面目な顔、俺は僅かに口元を苦笑い気味に歪ませると、セシルの線を繋ぎ合わせる。
一瞬にも満たない犯行。
セシルは僅かに顔を歪ませ頭に手を当てたが、すぐに痛みが引いたらしい。
「へぇ…こうなるんですか」
俺の右目をジッと見つめてそう言うと、彼女は次第に笑みを深めていった。
「これは知らなかったです」
「だろうな」
「そうだ。一応…この部屋、煙草吸えますか?」
「ご自由に」
「ヨウさんも1本どうですか?ラッキーストライクじゃなかったでしたっけ?」
「2年前に止めたよ。こうなってから、なんか吸わなくなったんだよな」
そう言いながら、セシルから渡された煙草を手で制す。彼女はその煙草に目を落とすと、それを咥えて、安物のライターで火を付けた。
「そうでしたか。見てて、禁煙なんて頑張っても無駄だよなぁって思ってたのですが」
「それも知ってんのかよ」
「えぇ、去年くらいから、たまに見かける度に吸ってないなって。あんなに吸ってたのに」
「健康志向に目覚めた訳じゃないんだぜ」
セシルは俺の言葉に薄笑いを浮かべると、ふーっと煙草の煙を吐き出す。テーブルに乗っている、使っていない灰皿に灰を落とすと、俺の顔をジッと見据えて頷いた。
「右目、元に戻りましたね」
「そうか。俺の目、使った後はどんな風になってるんだ?」
「こう…黒い瞳孔が、真っ黄色にピカピカ光ってましたよ」
「言われた事が無いんだが…」
「ジッと見て無きゃ分からないでしょうね。何て言えばいいんだろう、黒目の中に星がチラついてる感じ?とでも言いましょうか…」
「ロマンチストかよ」
「実際そうなってますからね。あぁ、寒い日に雪がキラキラ輝いてる感じ。あれが一番似てるかも」
俺の顔をジッと見つめた後、セシルは時計を見上げた。
「…そろそろ19時ですか」
「あぁ」
「では、この辺で…街に繰り出しましょう!」
彼女はそう言ってパッと立ち上がり、テーブル越しに俺を見下ろす。帰らないのかよと、ポカンとした顔でセシルを見返す俺。彼女はそんな俺に悪戯っ子の様な笑みを向けると、明るい声色でこう言った。
「暫く、ワタシの1年間の我慢に応えて下さい旦那様!夜はこれからですよ!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます