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「こういう所が好きなんですか?」

「お前と一緒にいるだけで顰蹙買ったからな。あれ以上悪目立ち出来るかよ」


 01メガタワーの21階。1フロア全てが駐車場となったフロアの隅で、俺は時國セシルと共に昭京府の夜景を眺めていた。東京湾に浮かぶ人工島、10個あるメガタワーと、その周囲にズラリと並んだ大小様々なビル群が織りなす見事な摩天楼。


 どこからどう見てもであるこの光景。島に来た当初こそ毎日の様に眺めていたものだが、今となっては陳腐で酷い光景だとしか思えなくなっていた。


「クククク!酒に弱いのばっかなんですよぉ!あの連中、ワタシ目当てに何度利き酒を挑んできたと思いますか!?」

「そんなのするようには見えないがな。あの居酒屋バイトの兄ちゃん、顔が青褪めてたぜ」

「あぁ!そっちの方ですか。彼はきっとゼミで一緒の男でしょうね。彼、下戸ですから」

「あの子にも飲ませた事あるのか」

「先に仕掛けてきたのは向こうです!こちとら16から飲んでんじゃい!ってアッサリ」

「……相手が悪かったな」


 駐車場の隅に止まった車の後ろで、煙草を吹かすセシルと駄弁っていた。話してよく分かったが、彼女は間違いなくヤバい女だ。関わってはダメなタイプの女。


 だが、彼女は結婚を前提に付き合ってくれと俺に言い、俺の過去も今も知っていそうな女なのだ。雑談して、妙に俺と気が合いそうな面があると気付けば、不思議と彼女を無下にあしらう気は起きなかった。


「ところでお前、大学生だろう?明日、講義は無いのか?」

「ヨウさん、自分が大学生の時代を忘れたんですか?3月下旬、今は春休みですよ」

「そういやそうだった。俺も年取ったな」


 俺はそう言って小さく溜息を吐く。


「で?お前が知ってる、俺のとやらを話しても良いんじゃないか?」

「ヨウさん、不用心ですよ。あんなゴミ捨て場までやっておいて」

「…なんだ、そこまで見抜いてんのかよ」

「分かってますよ、全部。ヨウさん、ワタシの事、まだ疑ってましたね?」

「当たり前だ。こんなの大っぴらにバレてみろ。面倒ごとのオンパレードだぜ」


 そう言うと、俺は。セシルはその様子を、驚く気配もなく、何気ない光景の一部として受け流す。フッと鼻で笑って興味なさげな様子で、メガタワーの外に目を向けた。


「大丈夫ですよ。誰かにバレた所で何も出来ません。ワタシ以外にはね」


 ポツリと一言、酒に酔った時の口調ではなく、儚さを感じる声色での呟き。俺はその呟きに、何かを尋ねようと口を開いたが、開いただけで言葉は出てこなかった。


「に、しても。凄いですよね。この景色。何時見ても飽きません」


 セシルはそう言って景色から目を逸らし、背後に停まった俺の車に目を向ける。


「見た目はただの日産車。中身は結構な弄り物ですよね?」

「見た目だけだよ、見た目だけ」

「何度も言いましたよね?ワタシは何でもお見通しって。速いんですか?」

「そうだったな。まぁ…速いだろう」

「昔に乗ってたシルビアよりも?」

「…それ、お前との接点を調べるヒントになりそうだな?」

「ヨウさんの事を少し調べれば分かることですよ。それで、これはなんて車なんですか?」

「それは調べてないのかよ。ローレル。去年買った」

「ローレル…」


 セシルにつられて、俺も車の方へと振り返ると、ピカピカに磨き上げられたパールホワイトの車体が目に入った。2年前にモデルチェンジしたばかりの4ドアセダン。そして、その車の向こう側に、人影が5つ。ガラの悪い男達が肩で風切りながらこちらへ近づいてくる。


「なぁ」

「何でしょうか?」

「さっき、俺の秘密、話してもいいんじゃねぇかって振ったよな」


 遠くから、ジワジワとにじり寄ってくる男達。連中は、俺とセシルと目が合っても、そのペースを変えずに歩み寄ってきた。下品な笑みを浮かべ、力を誇示するかの如く、手に持った得物を見せびらかして、歩いてくる。


「ええ」

「どうして止めた?」

「カメラだらけの場所ですよ?この島で場所の方が少ないですよね?」


 俺はセシルの言葉に耳を傾けながら、向かってくる男どもをジッと見据えた。奴等はきっと、さっき寝かせた連中の仲間だ。見た目で分かる、は周囲の空気がんだ。


「確かにそうだが…俺の事調べたなら、ちょっとは別の想像もしたんじゃないか?」


 セシルと何気ない口調で話しつつ、俺はポケットに手を入れ、車のキーのスイッチを押す。直後、ドアロックが解除され、そして、車のすぐ目の前に迫っていた達が威勢のいい怒声を上げた。


「あぁ、この辺、だったんですか?」

「そうだな。何も記録されない。…抜け穴の1つや2つ、チョロいわな」


 俺もセシルも、非日常が迫ってくる光景を見てなんの感情も抱かない。俺は慣れてるのだが…不思議な事に、セシルも俺と似た様な態度で男たちを眺めていた。


「兄ちゃん、に車を止めてるかも想像出来ない様なら、ココじゃぜ」


 車の左右に別れて、俺達に襲い掛かってくる男達。俺は奴等の顔を一目見ると、そっとを閉じてグッと


「「「「「!!!」」」」」


 ピタリと、男たちの足が止まる。バチっとした感覚の直後、得物が手から零れ落ち、苦痛を受けて絶望の顔に顔を歪めた。俺はその様子を見て溜息をつき、指をパチン!と鳴らす。直後、意識を失い、その場に崩れ落ちる男達。


 セシルの方に顔を向けると、彼女は僅かに引いた表情を浮かべていた。そんな彼女を他所に、俺は事も無さげにこう告げる。


「さ、帰るぞ。だぜ」

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