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「あぁ~、生き返るぅぅぅ~!この1杯の為に生きてきた!この焼鳥の為に生きてきたんですよ!」


 時國セシルという女と出会って数十分後。俺は彼女に連れられ、01メガタワー8階にある大衆酒場を訪れていた。


「…はぁ、一体、何なんだ?今日は」

「まぁまぁ、ヨウさん。今日はワタシの記念日ですから」

「…誕生日か?」

「ヨウさんとの再会記念日ですよ!そして、初彼記念日です!」

「なに言ってんだこの女。まだ出会って30分と立ってねぇのに。いや、ホイホイついてきた俺も俺だがな」


 居酒屋の隅の2人席、既に深夜2時半を回ろうかという頃合いなのに、俺達の周囲は酔っ払いで賑わっていた。俺達が陣取った狭いテーブルは、女の分である酒のグラスが合計6つと、焼鳥の詰め合わせで殆ど埋め尽くされていて、俺の分の塩辛とコーラのグラスは隅に追いやられている。そんな中、俺は、向かい側に座る、煙草を片手に持った美人さんに目を向けた。


 こんな女と2人で深夜の酒場へ来れたのなら、とやらも期待しても良いだろう。だが今は目の前の女の気味悪さをどうにかしたい、その一心だ。


「時國セシル?だなんて、何時聞いたかも分からない名前だな。何時、俺と会ったんだ?」

「おかしな話ですね。あれだけの事があったんですよ!?忘れてるだなんて、薄情な」

「覚えてないもんは覚えて無い。再会の余韻に浸って欲しけりゃこの場で話すんだな」

「嫌ですぅ~!そんな薄情なヨウさんに、ホイホイと話すものですか!」


 ここに来る道中からずっと、彼女から情報を聞き出そうとアレコレ話を振っているのだが、結果は全敗。彼女は俺とあった何かの一切を話そうともしなかった。


「ヨウさん。何度でも言いますが、ワタシは貴方の事を知り尽くしています」

「それがどうかしたか?」

「貴方のすら全てですよ?それをここで話す訳にもいかないでしょう?」


 セシルはそう言ってグラスを片手に持ち、不敵な笑みをこちらに向ける。黒縁眼鏡の向こう側、細いタレ目が俺を射抜き、その顔はとでも言いたげだ。


「脅したつもりか。秘密って…俺にそんな大層なものなど…」

「でしたら、このメガタワー横で寝ている彼らを起してインタビューでもしましょうか?」

「あんなヒョロいの、片手で十分だろ」

「腕っぷしに自信が無かったはずですよね。昔から…は抜群でしたが」

「…鍛えたんだよ。何時の話かは知らないが、昔の俺じゃない」

「でも、前より痩せてますよね?誤魔化してはダメですよ。直近の人間ドッグのデータを参照する限り、身長172cm、体重65㎏ですよね?。数年前よりも大分痩せてませんか?」


 目の前の女は、事も無さげに俺の身長と体重を言い当てる。俺は僅かに顔を引きつらせ、彼女はその引きつりを見逃さなかった。


「ワタシが知ってるヨウさんは、女性を無下に扱う男性ではありませんでしてよ?」

「なんだ、良家のお嬢さんみたいな言い方しやがって」

「実際、良家のお嬢さんって奴ですから。こういう口調も、まぁ、出来なくは無いですわ」

「無理に作ってやがるな。誤魔化すなよ酔っ払い…それに益々アンタの事が思い出せなくなってきた。俺に良家の娘と繋がりは無いな」

「随分とお人が変わった様で…遠くから以上に変わってますね。まぁ、でも、ワタシがヨウさんの事を調べ上げて、今日こうして話かけたんです。再び接点が出来ました」


 セシルはそう言って3つ目のグラスを空にする。繊細そうで清楚な見た目とは裏腹に、彼女は豪快な性格の様だ。酒を浴びる様に飲み、焼鳥を食べ、そして、灰皿に置かれていた火のついた煙草に手を伸ばした。


「ワタシは1年間、貴方の事を調べ尽くしました。貴方を追いかけて、この昭京府にあるに進学してきたんです」

「そう言われれば、悪い気もしないがな…気味も悪いが。あぁ、大学生ってんなら…もう遅いが1つ確認させてくれ。時國さんは成人してるのか?」

「当然ですよ。今年で20歳です。お酒も煙草も自己責任」


 そう言って、セシルは4つ目のグラスに手を付ける。俺はコーラで喉を潤してから、小さなため息をついた。


「どっちも随分慣れてるみたいだが」

「煙草は14、酒は16から。もう、時効でしょう。飲めるようになった事ですし」

「参ったな。しっかし、よくもまぁ、そのあの大学に入れたもんだ」

「貴方のお蔭です。これでも、何も無い0から、それなりに頑張ったのですから」

「そんな覚えは無いんだが…」

「それに今の質問はヨウさんらしいですね。相変わらず、迷える若者の相談役を?」

「相変わらず…なのかは知らないが、俺はただ、が似合わない人間を追い出してるだけさ」


 直後、俺は塩辛に手を伸ばす。塩っ気の強すぎるイカの塩辛を一口食べて顔を顰めると、セシルはそんな様子を見て、フッと鼻で笑った。


「ヨウさん、今は公務員じゃありませんよね?」

「そんな時期もあったな。調べたなら知ってるだろ?9時17時で働いてる様に見えるか?」

「いえ。18時に起きて6時に寝る生活ですから。お仕事は…自営業とでも言いましょうか」

「ああ、自由なもんだろ?自由なだけで、金を持ってる側の人間じゃないが」

「昭京府で生きていけるだけでお金持ちだと思いますが。見つけた時は驚きましたよ」

「…っとに、アンタが誰なのか、話しながらずっと考えてるんだが…全く出てこねぇな」


 俺はグラスに微かに残ったコーラを一気に飲み干し、ドンとテーブルに叩きつける。すると、わずかにセシルがビクッとした反応を見せた。


「時國さんよ、アンタはどうして俺に執着してるんだ?」


 なぜ俺を知っているのかを問いただす事を諦め、別口から切り込んでみる。すると、彼女は眉を上に上げ、そしてニヤリと不敵な表情を俺に向けた。


「ようやく、欲しい質問が来ました」


 セシルはそう言うと、身を乗り出して俺の方に寄ってくる。酒と煙草と焼鳥のタレの香りを纏わせた女は、小さな声でこう言った。


「結婚を前提に付き合って欲しいからです。それ以上でも以下でもありません」

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