五話

「……空を見せて」

 彼女に空が見えるように、彼女に覆いかぶさっていた私は、彼女の隣に寝そべるように身体を動かすと芝生がクッションのように私の身体を受け止める。

「すごく……広いわね」

 差し込む光に目を眇めていた彼女は、空に向かって手を目一杯に伸ばす。

 やがて力なく下ろされた彼女の手を、私は握る。彼女は私の手を握り返すと目を閉じる。

 柔らかい日が私を温める。柔らかい手が私の心を温める。

「あなたには手が届く。あなたはどこにも行かない。あなたは、わたしを見ていてくれる」

 彼女は私の方へと身体を向ける。私は彼女の頭撫でながら。

「貴方を一人にしない、貴方を独り占めする。もう、貴方しか見えない」

 すると彼女は目を細めると身体を起こす。手を繋いだままの私も一緒に身体を起こす。

 彼女は深呼吸をして、どこに行こうかと、目を輝かせながら辺りを見渡す。

「あそこに行きましょう」

 彼女が立ち上がり、私の手を引く。立ち上がった私に彼女は笑いかける。

「あなたにもこの大空を見てほしいの」

「私は貴方を見ているだけで十分だよ?」

 私を彼女へ伝える。

 彼女は照れくさそうに微笑んだかと思うと、困ったように微笑み、わたしに任せてと笑う。

 彼女は私の手を引き、この終末の世界を歩き出す。

 芝生を踏みしめる音、鳥のさえずり、走る風の音、そして擦れる葉っぱの音。それらに彼女は心地良さを感じている。

 不意に音が止む。

「ほら、一緒に見ましょう」

 彼女が僅かにうつむくと、風が走って彼女の瞳に波打つ光が映る。

「よかった……大丈夫よ」

 彼女は私の手を握る手に少しだけ力を加える。

 貴方が望んだから、貴方に求められて、貴方の願いが叶ったから、私は存在している。

「……ほんとだね」

 私は思わず笑みを浮かべてしまう。

 僅かに騒ぐ水面に映るのは、うり二つの二人の少女と、青くどこまでも、自由広がる大空だった。

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終末の教室で 坂餅 @sayosvk

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