四話

「お帰りなさい」

 彼女が私の顔を見て蠱惑的な笑みを浮かべる。

 私は彼女を抱きしめる。

「ただいま」

 私は立ち上がると、自分の胸辺りに彼女の頭を押し付けて、優しく頭を撫でる。彼女の髪が川のように、私の指を流れ落ちる。

「少し、苦しいわ」

 彼女のくぐもった声が私の胸に響く。温かさが私の胸に染み込んでくる。

 私は彼女を抱きしめる力を少し緩めると、彼女は目線だけを上げて私を見る。そして、満足げに息を吐くと、頭を私の胸に押し付ける。

「もう、大丈夫だよ」

 私は彼女を包みこむ。体格は変わらないはずだけど、彼女は私の中に収まる。支えを失った彼女を、私が支える。

 ――自分で立てるようになるまで、こうしていていいよ。

「よく頑張ったね」

 そう言うと、彼女はピクリと震えた。

「なんのことかしら……?」

 彼女は私から離れると、乱れた髪を手櫛で整える、だけど離れてしまったことを後悔するような、物欲しげな顔を浮かべた。

 彼女の瞳が漣立つ。彼女は私の手を引くと窓辺へと向かう。

 私を引く彼女が窓辺に近づくと、窓から差し込む光が彼女を照らす。私が彼女に並ぶと、こっちを向いた彼女が微笑んだ。

「見て、綺麗でしょう?」

 ――ほんとだね、凄く綺麗。

 私にもたれかかりながら彼女は目を細める。もう外の世界を羨む様子はない。

 もたれかかる彼女を私は机に押し倒す。眩しさに目を眇めている彼女に、私は影を作る。

「……綺麗」

 彼女の漣立つ瞳が僅かに見開かれた。

 水の中にいるみたいに、周りの全てがぼやけている。

 そして、彼女の息遣いが、水の流れのように私を揺さぶる。

「どうして……?」

 早まる流れに、呑まれそうになりながらも彼女は私の背に手を回す。

「それが、私が存在している理由でしょ?」

 ――ずっとわたしを見ていて、そう貴方が願ったから。

「全部、知ってるよ」

 彼女の額に自分の額を合わせる。

 大丈夫だよ、どこにも行かないよ、ずっと一緒だよ、だから――。

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