第1話 ダンジョン試験にて

【大穴ダンジョン ゴブリンの小道1層】

 目の前にいるのは、緑色の小人で大きな耳と鼻を持っている。

 大きな顔に際立つ黄色い目は人間を睨みつけ、獰猛な殺意が顔に滲み出ていた。身長は80㎝ほどで手足が胴体よりも長い。ダンジョンにおいて最弱のモンスターであるゴブリンであった。

 ゴブリンは両手で握る棍棒を容赦なく俺に振りかざした。


 俺はアームシールドで棍棒の攻撃をパリィする。のけ反ったゴブリンに体当たりをして転ばせ、足元に転がるゴブリンに向けて両手で持った剣でとどめを刺そうとするが、体が石になったかのように動かせなくり体の力が抜ける。

 ゴブリンは起き上がり、棍棒を俺の剣に叩きつける。剣はどこかへと弾き飛ばされる。


 未だ動けない俺をゴブリンは棍棒で殴る。何度か殴られた後、俺の体を覆っていた『バリア』が剥がれ、残った衝撃でよろめく。初めてのダンジョン試験で下手をこいた俺は、ゴブリンの前に腰を抜かしてしまった。


 まずい。殺される。


 モンスターは『バリア』を纏っていない人間にはと聞いていたが、先ほどまで殺意を持って襲い掛かってきた相手が急に安全な存在になるということを聞いて安心できるほど俺の頭はお利口じゃない。


 握っていた剣はゴブリンの後方に転がっており、棍棒を受け止めていたアームシールドを装着していた左腕は未だにジンジンと痺れている。チームメンバーはそれぞれ自分に割り当てられたゴブリンと戦っており、腰を抜かしている仲間のことには気づいてないようだ。


 倒れた俺に襲おうとしていたゴブリンは、棍棒を振りかざすと動きが急速に鈍り、手もブラブラとしたものになって全身から力が抜けていった。先ほどまで殺意を持った目はなく、今は虚ろな目でただ虚空を見つめているようだった。


 動かなくなったゴブリンを前に呆然としていたその時、実習の先生が自分の持つ剣を振り下ろし、ゴブリンの頭部を真上から叩き切った。ゴブリンの頭が真っ二つになったが、血が飛び散る様子はなく、代わりに光の粒子となって消えていった。


 「大丈夫かね。奈都くん」

 俺たちのチームを監督している先生は、足元にいる俺に手を伸ばしてくる。

 「すみません大丈夫です」

 「そうか。ならよかった。バリア分の魔力は残ってるかい?残っているようだったらこのまま試験を続けるが」

 「いえ。出発前に充填した魔力でバリア分を使い切ってしまって。まだ回復していないです」

 「そうかそうか、だとしたら今日はもう上に戻っていなさい。チームの評価のために私は残るが最終評価は全員がそろったところでするため、入り口の控室で私たちが帰ってくるまで待っててくれ。」

 先生は手元のタブレットに俺の評価を書き込み、チームメンバーを見守る仕事に戻った。


 「はぁ......」

 俺の初めてのダンジョン探索はたったの40分で終わってしまったことにため息が出る。

 『バリア』の『デバイス』を再び起動するための『魔力』が残っていないから、先生の言うとおりにダンジョンの入り口に向かって歩き出す。途中ゴブリンと遭遇するが、バリアを張っていない人間をモンスターは攻撃できないため、素通りして行く。


 俺は半年間のモンスターを倒す訓練を積んできた。走り込み、筋力上げ、武術は攻撃以外の防御術だけは磨いた。自分が攻撃できないというのは昔からわかっていた。けれどもこの半年間がんばってできるようになろうと努力してきた。一抹の望みで本当の殺し合いの場だったら攻撃できるようになると思ってダンジョン試験を受けたが。結局のところダメだった。どうして俺は攻撃をしようとしたら体が動かなくなるのだろうか。


 ここに来るまでのことを思いだす。

 半年前の春休みに魔力が宿った。体の中に今まで感じたことのない熱が湧き上がり、魔力を持つ人たちがよく語っている魔力が宿った時の感覚と同じだった。体の一部分に熱があるわけではなく、全身から熱、いや魔力を感じていた。初めて聞いた時は奇妙なものだと感じたが、自分自身で感じて馴染むと意外と違和感がなかった。


 『魔力』は15歳までに千人に1人くらいが目覚めことになり、その力を持った人々は『魔力持ち』または『天然』呼ばれる。魔力持ちになった学生は通常の学校とは違うカリキュラムを提供する魔法学校に絶対に入学しないといけない。途中入学になる場合でも魔力持ちの入学が法律で義務付けられており、秘密にしていた場合は最悪の場合、一生自由を奪われることになる。

 

 俺は高校1年生の冬休みに『魔力』に目覚め、現在は第七魔法学校の高校2年生に在籍している。魔法学校と一般の学校の違いは本格的な戦闘訓練があるかどうかで、一般の学校ではスポーツの範囲内でしか扱われないが、魔法学校では本格的なモンスターを殺すための戦い方を学ぶことになる。

 戦闘訓練以外でカリキュラムにそれほどの違いはないため、魔力が目覚めても1年生から学びなおすことがない。だから、学年はそのままで同年代のクラスに入れてはいるが、戦闘技術だけは必ず差が出てしまうため別々の授業を受けることになっている。今回の試験も小学生が5人に中学生が6人、高校生が2人いた。といっても彼らは1か月前ほどに魔力が目覚めた俺よりも新人だが。

 実習を数回こなし、一定以上の実力を身につけると試験を受けることができる。試験で一定以上の成績を出すと、同じ学年のクラスメイトと一緒に授業を受けることができるが、今回の試験の結果からそれが叶うのは、まだまだ先になりそうだ。


 のんびり歩きながら、入口までの広間に到着した。ここはドラゴンが這い出てきたことで有名な大穴ダンジョンで第七魔法学校が管理している。

 第七魔法学校は大穴を囲むようにして小中高の一貫した教育機関が周囲に建てられおり、ダンジョンは入口だけでも直径100m、深さが50mほどの穴となっている。さすがに上り下りするのは骨が折れため、4辺5mほどのエレベーターリフトが設置され、30分ごとに1便運行されている。もちろん学生はタダで使える。


 エレベーターに乗って控室に戻った俺はベンチに座ってチームが戻ってくのを待った。待つこと4時間。俺が一緒に潜っていた実習のチームが戻ってきた。


「だいぶ待たせてしまい申し訳ない。君が帰った後だが、ほかの子たちがボスに挑みたいと言ってね。デバイスにある魔法も十分なものだったから、5層にあるボスまで行っていたのだよ」

 今日の実習は、実習生の卒業試験であり3層にいるゴブリンリーダーを倒すだけであったが、どうやら俺以外が優秀だったらしく、5層にいるホブゴブリンまで倒しに行っていたらしい。


「ボスはホブゴブリンでしたが俺らの魔法で1発で死にましたよ!先輩も早くゴブリンを倒せるようになったら良いですね!」

 初のボス討伐に気分が上がっている中学生グループの1人が俺にそう言う。

 ゴブリンは1か月も訓練した小学生が倒せるレベルのモンスターであり、それすら倒せない俺を応援するということは暗にゴブリンすらいまだに倒せない俺を馬鹿にしているように感じてしまう。いけないいけない。彼は純粋に応援してくれているのだ。

 気分が落ち込んで卑屈になっていることを自覚して心を落ち着かせる。


「さて各々のデバイスに今日の成績を送った。全員確認するように。といっても今日の参加者は全員合格だがな。今後は、自分のクラスでの実習に参加しなさい。君たちのクラスメイトは君たちよりも前からダンジョンに潜り、モンスターと戦っていた先輩となる。今の君たちと彼らとでは力や経験に大きな差があるがそれも、彼らと共に頑張ることでその差もすぐに埋まるだろう。毎日の訓練をさぼらずに研鑽するように。それでは解散!また次に君たちを逢う日を楽しみにしているよ」

 先生の言葉でチームは解散して講堂から出ていく。

 全員合格?最初の戦闘で脱落した俺まで合格するのはおかしい。


「奈都くん少し話がある」

 チームだった人たちが部屋から出た後、先生から呼ばれた。

「君も分かっているだろうが、君の戦いはゴブリンにも負けるほどで、合格とは言えない酷いものだった。しかし、それでも合格を渡した。これについて説明させてほしい」

 どうやら俺の疑問をこたえてくれるようだ。


「君の評価として、防御は優れているが攻撃のタイミングで動きが止まるそれにより防御もうまくいかなくなり負ける。攻撃ができないだけならまだよかったが、動きが全くと言っていいほど止まるというのは大問題だ。タンクとしてチームの役割を果たすこともできるが、君レベルの防御力で攻撃もできる人は何人もいる。だから、君はタンクでもやっていくことは難しい。それらを総評してみると、君はこの試験で合格レベルには達していない」

 ごもっともな話だ。俺も防御は今回の試験のを受けた中で一番うまい自信がある。だが、結局は半年練習したレベルの防御でしかない。実戦を経験している人たちにとっては、素人に毛が生えた程度のものでしかないだろう。


「だが、合格にしたのは君にこれ以上の克服が見込めないと指導教官からの連絡があってね今日の試験は防御の技術だけで評価させてもらっていたのだよ」

 え、実習のおばあちゃん先生そんなこと思ってたの!?いつも励ましを貰いながら練習していただけあって、ちょっとショックだ。


「でだ、君は防御ができる。だが攻撃ができない。これではクラスメイトでもチームを組んでもらえるか分からないし、ましてや、ソロなんて到底不可能だ。そこで、ほかの問題児と君を組ますことにした」

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