意義ある生き方を。~隠れた才能は迷宮で開花する~

@Warajyi

プロローグ

 東から輝く太陽が反射した熱をアスファルトが放ち、爽やかな青空が広がっている。大通りの道路から聞こえる車の走る音に電線に群がる鳩の声、公園の噴水に入って遊ぶ子供たち。その周りに旦那の愚痴を陽気に語るママさん方や、柴犬の散歩に出かけている女性、汗をかいているサラリーマンが今日の昼飯を食べに向かう光景が広がっている。


 なんてことのないありふれた日本の月曜日の光景。

 

 電線に群がっていた鳩が突然、一斉に飛び立ち、ご婦人を引っ張っていた犬が急に吠え出す。それからわずかな時間が経ち、足元が揺れ出し、地下から巨大な手が地面を突き破って這い出てきた。アニメや映画で見たことがあるような、赤い翼を持ち、全身に鱗が覆い、4本の脚を持つ巨大なドラゴンであった。その全身が見えるころには、少なくはない野次馬がドラゴンを囲みスマートフォンを向けて撮影していた。


 ドラゴンが首を引くと胸から首、顔へと赤い光がゆっくり移動するところを不思議そうに野次馬が眺めていると口から溢れる火の粉に気づいた1人が、慌てて走り出し、つまずくように倒れた。初めてドラゴンが人を見る。そして、逃げる人に向けてその口にためていた炎を吐き出す。

 吐き出された炎は一直線に伸び、逃げた1人だけでなく周りの人々までもを巻き込み、世界を焦がしていった。遠くにあったビルまで焼き尽くすほどの炎は、どこまでも伸びていった。ただ一つ、被害を受けなかった場所があった。それは、ドラゴンの真後ろだけだった。


 あまりにも現実離れした光景に、いち早く動いたのは、犬を連れていたご婦人だった。頭では追い付かずとも逃げ出す犬についていくことはできた。次に行動を起こしたのは、子供を見守っていた母親たちだった。自分たちの子供を連れて一目散に逃げ出し、その場から離れていく。それを視線の端にでも捉えたのだろう。その姿を見た周りの野次馬たちも、自分たちの置かれた状況を理解し始め、散り散りに逃げ出していく。


 そのような状況を引き起こしたドラゴンは、満足げに体を震わせている。どこかを見据えた後、ドラゴンは体を縮みこませた後に翼を大きく広げて羽ばたきどこかへと飛んでいった。


 人の気配が消え、静寂に包まれた公園跡地。ドラゴンが出てきた穴から大型トラックほどの大きさがあるワイバーンが何羽も飛び立っていった。しばらくして、次に出てきたのは牛の顔を持つミノタウロス、一つ目のサイクロプス。その次はオオカミ、ヘビ、蜘蛛など、誰もが知る存在の2倍ほどの大きさを持つ生物たちだった。


 穴から出てくるモンスターたち。何分経ったのだろうか。教室に備え付けられたプロジェクターが映す映像の端が赤く揺らめくようになり、スピーカーからはパトカー、救急車、消防車のサイレン音や人々の悲鳴が聞こえてきた。

 最後に穴から出てきた緑色の小人。美しい日本の日常をライブ中継していたカメラはビルの停電とともにその撮影を終えた。


「はーい、それじゃあダンジョンの氾濫による危険性か、モンスターの脅威について400文字以内で感想を書くこと。次の時間に回収するからそれまでに書くように。8割は書かれていないと再提出となるのでちゃんと書くように。」


 髪の毛が薄くなった中年の先生が生徒に向けてそう言いながら、前の席にいる生徒に作文用紙を配っている。生徒たちは後ろに先生から受け取った用紙を回して、思い思いに書き始めている。


 学年が上がるたびに、俺たち学生にはこの映像が見せられる。これは教育という名の刷り込みの一環で、資料館に行ったり、当時を生き抜いた人の講演会に何度も参加させることもある。当時のことを残すために、ダンジョンとモンスターの脅威を覚えさせるためにこのような取り組みが行われているのだ。


 何度見たかも忘れた映像。これが、200年前に起こった人類史上最悪の災害である『ダンジョンの氾濫』が収められた最古の映像だった。まだ残った映像の中でもな方と言われている。だから、当時はもっと悲惨なものだったのだろうと思う。


 ここから人類の長く苦しい戦いが始まったとされている。これと同じことが世界各地の何万か所で起こり、記録されている。200年前のダンジョンライフは、過酷なものだったと伝えられている。


 地上に出てきたモンスターに人は殺され、毎日人口が減少し物資も戦力も消耗され続けていた。


 しかし、人類は決して諦めなかった。何年にもわたって困難に立ち向かい、数多くのモンスターを倒し、それ以上に犠牲を出した。それでも、進み続けることをやめなかった。


 先人たちが死に物狂いで生き抜くために生み出した『魔力』という戦う力。自分自身を守るために開発された『バリア』という術。

 100人でモンスターを殺して100人が殺された。

 100人でモンスターを殺して99人が殺された。

 100人でモンスターを殺して98人が殺された。

 100人でモンスターを殺して97人が殺された。

 100人で…

 100人で…

 100人で…

 100人で…

 100人で…

 100人で…

 100人で…

 100人で…

 100人で…

 100人で…

 100人でモンスターを殺して50人が殺された。

 100人で…

 100人で…

 100人で…

 100人で…

 100人で…

 100人で…

 100人で…

 100人で…

 100人で…

 100人で…

 100人で…

 100人でモンスターを殺して10人が殺された。

 100人で…

 100人で…

 100人で…

 100人で…

 100人で…

 100人で…

 100人で…

 100人で…

 100人で…

 100人でモンスターを殺して誰も死ななかった。


 1人でモンスターを殺して誰も死ななかった。

 長い道のりであったが、人類はモンスターに追いつき、追い越した。

 300年に渡る苦闘の末、人類はモンスターの脅威から生き延び、やがて映像と同じ美しい日常を取り戻した。


 今は2x23年。モンスターを生み出すダンジョンは国により調整され、管理されるようになった。モンスターは人を殺さないように設定され資源の一部として活用されるようになる。人々はダンジョンとモンスターから無限の資源を採取することができる、平和な時代となった。


 誰も死なずにモンスターを殺せる時代。


 人類は過去に戻らないように、「魔力」を持つ人々を特別な学校に通わせ、戦う力を磨き続ける。

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