最終話 第2ラウンド、開幕

 それからまた数日経った。

 テレビでは発生した暴力団員が大量に殺害された事件を連日取り上げていた。

 なんでも他暴力団との抗争による相打ち……と言うのが筋書きらしい。


 抗争どころか返り討ちで、その相手はたった一人の殺人鬼というのが事の真相なのだが……それを突っ込むのは野暮というものだろう。

 ソファーに寝っ転がった忍は、くあっと欠伸した。

 一昨日鈴音によって与えられた傷はほぼ完治している。

 ついでに猫耳や尻尾も鈴音との交渉(というか脅迫)が終わる頃にはすっかり元に戻っていた。


「あーあ、随分と物騒な世の中だなオイ。俺はこの街が心配だぜ」


 向かいのソファーにふんぞり返りながら、進はわざとらしくそう言った。


「まあ、物騒といえば物騒だな……」


 何せ真犯人は今、ソファーに寝っ転がりゴロゴロしているのだから。

 悪は裁かれず、のうのうと蔓延っているのが現実だ。


「にしてももったいねーことしたよな。あの耳、結構似合ってたのによう」

「……よせ、あれは苦手なんだ」


 思い出しただけでも、結構恥ずかしい。

 自分の異能はどうやら猫に由来するものらしいということは分かったが、あれ以来自分の意志で猫耳や尻尾を生やすことは出来なかった。


「似合ってたぜ? それにおまえ、猫好きだったんじゃなかったのかよ」

「そりゃあ好きだ。けど自分に猫耳や尻尾が生えるのは……すごく、恥ずかしいのだ。推しにコスプレして愛を表現する奴もいれば、それがとても恐れ多いと思う奴もいるだろう? 私は後者なのだ」

「あー……分かるような分からんよーな」


 どうも進はこの手の話題は疎いらしいことが最近分かってきたが、スカジャンのこだわりを見る限り、結構素質はあると見える。

 そろそろ沼の一つにでも落としてもいい頃合いかもしれない。

 そうなれば好きな作品について語り合える人間が増えてこちらとしてもありがたいのだが――


 そんなことを思っていると、ピンポーンと、インターホンが鳴った。


「む?」


 葛城探偵事務所は年中無休だが、仕事が来ない日はそのまま休日になる。

 しかし今日はわざわざ進が臨時休業と宣言した。

 事務所のドアノブにも『Closed』の木札が吊り下げられている。


「宅配か?」


 はてと首を傾げながら、玄関に向かいドアを開けると。


「んなっ……」


 そこにいたのは、泊木鈴音だった。

 体のあちこちに包帯を巻いていて痛々しいことこの上ないが、その姿は間違えようもなく彼女である。

 それならばいい(いや本当はよくないが)。

 しかし問題は……彼女の背後にあるスーツケースやボストンバッグだ。

 その光景に、忍はデジャヴを感じた。


 立場こそ違えど、忍は似たようなシチュエーションを経験してる。

 それが何だったか忍は思い出せない……と言うか、この後訪れるであろう最悪な展開を想像してしまい記憶を封じ込めていた。


「どいてくれるかしら? そんなところに突っ立っていると、中に入れないのだけれど」


 ふんと鼻を鳴らしながら、鈴音は言った。


「……貴様、どういうつもりだ」

「どうもこうも、引っ越しに来たのよ」

「……は?」


 脳がフリーズした。


「おー、鈴音。来たのか」


 そんな忍の様子に気付いていないのか、進は呑気に手を振っている。


「ええ、来たわよ進。早速だけど、この聞き分けのない泥棒猫をさっさとどかしてくれないかしら?」

「どかす? そういやなんか固まってんな。おーい、大丈夫か忍ー」

「……はっ」


 体を揺すられ、なんとか活動を再開した。


「どういうことだ進。これは一体何の冗談だ。なぜ泊木鈴音が引っ越してきたんだ!」

「ありゃ、言ってなかったか?」

「聞いてないぞ」

「じゃあ今言うわ。今日から鈴音もここに住むことになったから、シクヨロー」

「そんな雑な説明で納得すると思っているのか!?」

「あなたが納得する必要はないのよ。どっちにしたって私がここに住むという事実に変わりはないのだから」

「ええいおまえには聞いていない! どうなんだ進、詳しい説明を要求するぞ!」


 いつになく声を荒げる忍に、進はポリポリと頬を掻いた。


「いやー、さすがにあれだけ脅迫しといて鈴音に何もうまみがねーってのはアレだろ? だから俺が出来る範囲でいうことなんでも聞いてやるってことになったんだが」

「なっ……」


 なんて迂闊者だろう。

 鈴音は「何でもする」という提案に「今何でもって言ったな?」と下衆な笑みを浮かべるタイプの人間である。

 そんな奴にこんな隙だらけな提案を受け入れてしまうだなんて、あまりにも危険すぎる。


「……それで、ここに住ませろと要求してきたのか?」

「そゆこと。満漢全席奢れとか言われたらどうしようかと思ったんだが、部屋も余ってるし、まー大丈夫だろってことでこうなった」


 はははーと呑気に進は笑う。

 自分が知らないところで、進は悪魔と契約を交わしていた。

 何より、悪魔と契約したことすら自覚していない……!


「お、おまえと言う奴は……! 自分が何をしているのか分かっているのか? なんでよりによってあんな地雷女と!」

「いや、殺人鬼を匿うよりはマシだろ」

「……」


 そうなのだが。

 確かにそうなのだが。

 それを言ったら戦争だろうがというか何というか。


「そう言うことだから、これは決定事項。そもそもあなたがシャバにいられるのも私の計らいなのだから、これくらい安いものでしょう?」

「ぐぬっ……」


 確かに、その通りではあるのだ。

 テレビで流れていた事件の顛末を描いたのは他ならぬ鈴音である。

 だからといって、それで納得するかはまるで別問題だ。


「よろしくさん」

「ふざけるな! 私はまるで納得していないぞ!」


 うがぁと食って掛かるが、鈴音はこれ以上言い合うつもりはないと言わんばかりに、事務所の中へと入っていった。

 かくしてこの街に巣食う殺人鬼は、自分の穏やかな生活を守りきった。

 しかしそれは、新たなる戦いの序章に過ぎなかったのである。


「まあそう気を落とすなって。一緒に住んでみりゃお互いの良さが分かるってもんだぜ? 多分」


 そう言ってポンポンと頭をなでてくる進の手を、忍はぺしっとひっぱたいた。


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探偵とJKの同居生活。(ただしJKは殺人鬼とする) 悦田半次 @HBH

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