第24話 切り札

「ったく、まさかとは思ったけど本当にこうなるなんてな……大丈夫か? おまえら」


 何とも回答に困る質問だった。

 体はあっちこっち傷だらけなのだが、致命傷に至っている物はない。


「……しかし、なんでここが分かったんだ?」

「電話があったんだよ。忍を助けて欲しいってな」


 こちらに駆け寄りながら、進は着信履歴が映ったスマホを見せた。

 表示されている電話番号は、忍にも見覚えがあった。


「……ああ、薫か」


 逃げる際に薫に握らせたのは、葛城探偵事務所の電話番号――則ち進の電話番号が書かれた名刺だったのだ。


「で、おまえにちょっかいかけるような奴は誰かっつったら岸島ぐらいしか想像つかねーだろ? けど忍が殺人鬼であるような証拠をあいつらが掴めるかっつわれると微妙だ。となるとどっかからタレコミがあった可能性が非常にたけー……で、問題はそのタレコミした奴がどうやって方法を入手したかってことになる」

「前来た時に盗聴器を仕掛けられたんじゃないのか?」

「そりゃねーな。ウチの事務所には探知機があって、変な機械が動いてりゃ、俺のスマホに教えてくれるようになってんだ。けどたった一つ、探知機に引っかからずに極めてクリアに盗聴できる方法があるんだな」

「む? そんな方法……あ」


 二人の視線が鈴音に集中する。

 そう、音を操る異能を持つ彼女ならばそのような芸当が可能なのだ。


「さすが進ね。私のことをそこまで理解しているなんて」


 鈴音は悪びれる様子も無く、ぽっと頬を赤らめる。


「……さっきの会話のどこに頬を赤らめる要素があるのだ?」

「鈴音の行動にいちいち突っ込んでたらキリがねーぞ」

「そうね。あなたに突っ込んで欲しいのは私の言葉じゃなくて」

「それはさておき、こんな仮説を立てて事務所に来てみたら、おまえ達が殺し合ってたってわけだ……そういや、岸島は?」

「私が殺したぞ」

「やっぱりかよ……通りで血なまぐさいと思ったぜ」


 岸島が死んだことには、特に進は気落ちしていないようだった。


「どーせ、あっちがちょっかいかけて来たんだろ? なら自業自得じゃねーか。一千万くすねられなかったのは惜しいけどよ」

「なら今からでもやってみたらどうだ? まだ金はここにあるはずだぞ」

「バカヤロー、それじゃ窃盗だろ。合法的に手に入れることに価値があるんだよ……とまあ、前置きはさておくとして、だ」


 進は改めて鈴音を見て、ぽりぽりと頭をかいた。。


「俺を心配してくれるのはありがてーんだけどよ……さすがに忍を殺すのは勘弁してくれ」

「それはできない相談ね。私を差し置いてあなたと同居しているだけでも万死に値すると言うのに、この女は殺人鬼なのよ? その意味が分からないあなたじゃないでしょう?」


 そこを付かれると凄まじく痛い。


「分かってるよ。けど仕方ねーだろ。雇っちまったんだから」

「クビにすればいいじゃない」

「けどこいつのお陰で色々助かってるんだぜ? 猫探しとか料理とか」

「仮にそれが事実だったとしても、殺人鬼を見逃す理由にはならないわね」

「うぐっ」


 まずい、進が押されている。


「おまえのことだ。何か狡っ辛い手で一発逆転の方法とかあるのだろう?」

「そういう取引材料があればよかったんだけどよ……ねえわ、さすがに」


 進は肩をすくめて見せた。


「そうか……」


 しゅんと肩を落とす。

 さすがにこれ以上望むというのは贅沢というものなのか。

 こうなってしまった以上、やはり普通の生活にはもう戻れまい。


「俺みたいに捜査五課の特別捜査官になるって選択肢があったらよかったんだけどよー……そうするには、忍は人を殺しすぎてるだろ? けど、おまえが殺人鬼だって知ってる人間はここにしかいねー……そうだよな」

「……まだ上には報告してないわ」

「だろうよ。そうでもなきゃここまで勝手に動けるワケがねー……つーわけで、おまえを脅迫することにする」

「最低だなおまえ」

「バカヤロー誰のためにやってると思ってんだよ」


 大分恩着せがましい言い方だが、あながち間違っていないのが辛いところだ。

 複雑そうな顔をしている忍を意に介さずに、進はスマホを操作して二人に見せた。

 それは映像だった。


 別に世界をひっくり返す大スクープ……のような、刺激的なものではない。

 二人の男女の、何気ない日常を切り取ったものだった。

 映っている二人は、紛れもなく自分と進だった。

 進と話しているときに、思いの外自分は笑っていたらしい――なんてどうでもいいことを知った。

 多分この映像は事務所内に仕掛けられたカメラで撮影したものであることが分かるが、


「……これ、盗撮じゃないか?」

「そうとも言う」


 ひとまず腹にパンチを食らわせてやった。

 うごごと悶絶する進。


「……で? この見るに耐えないZ級映像を、あなたはどうしようと言うのかしら?」


 映像の内容は、鈴音にとって非常にお気に召さないものであったらしい。

 腹をさすりながら、進は言った。


「もし忍が逮捕されるなんてことになったら――これを、ネットにバラ撒く」

「……!?」


 鈴音は絶句した。

 またか、と忍は嘆息した。


「それだけじゃねー……テレビ局やゴシップ誌、持ってるコネをフル活用して宣伝するんだ。俺がこいつの共犯者だってな」


 こいつ狂ったか――そう思った。

 葛城進は殺人鬼の共犯者である――そんな情報がここに追加されれば、まるで違う意味を持つことになる。

 しかもその場合、進にはまるで利益ない。


 共犯者として蔑まれ、好機の目線に晒されることになる。

 無論探偵の仕事を続けていくことはできまい。

 待っているのは破滅だけだ。


「俺だってそんなことは望んじゃいねーよ……けどな、もし鈴音が忍をパクろうって言うのなら、俺にだってそれくらいの覚悟はあるのさ」


 進は自分を人質にとって、鈴音を脅迫している。

 きっと、鈴音が自分をどう思っているのかを念頭に置いているのだろう。

 考えれば考えるほど最低な発想で、しかしこれこそが鈴音に対する切り札ジョーカーであるのも確かだった。

 鈴音はしばし歯噛みしていたがやがて、


「……最っ低ね、あなた」


 と、力なく笑った。

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