ぬいぐるみが武器のおっさん暗殺者(39)の葛藤
ここのえ九護
さすがに厳しい
「駄目だ。やはりこれ以上は続けられない」
その日、俺は悩んでいた。
独り身には広すぎるリビングの中央。
そこに置かれたこれまた大きなテーブルに突っ伏し、頭を抱えて悩んでいた。
そんな俺の前には、大きさも姿も様々なぬいぐるみがずらりと並んでいる。
それは俺にとって本当に大切な、掛け替えのない友だちであり相棒だ。
だが、俺が現在進行形で抱えているこの悩みの種もまた、この大量のぬいぐるみが原因だった。
「来年で40になるおっさんの俺が、ぬいぐるみが武器ってどうなんだ?」
そう。つまりはそういうことなのだ。
俺はこれでも、裏社会では名の通った殺し屋だ。
裏の世界には様々な武器や力を扱う奴らが大勢いるが、俺の持つ力は〝ぬいぐるみを操る〟ことだった。
数百というぬいぐるみを同時に操ることも、ビルよりも大きなぬいぐるみを操ることもできる。
俺はこのぬいぐるみを操る力で、子供の頃から数え切れない数の依頼をこなしてきたんだ。けどな――
「――けどもう無理だ! 二十代までは一人称も〝ボク〟で通してたし、服装もタキシードに蝶ネクタイの手品師風にしてみたりと色々頑張ったが、もう限界だ! 見ろ、このボーボーの胸毛とすね毛を! フフフ……って笑う意味深キャラで通すのも色々とキツいんだよ! そもそも家中ぬいぐるみだらけで、友だちも彼女もできたことがないんだぞ!?」
たしかに、アニメや漫画の登場人物の中にはおっさんの人形使いやぬいぐるみ使いはたまにいる。
いるにはいるが……あれはあくまでフィクションであって、とてもじゃないが現実を生きる俺には不可能だ。
俺がそういうのを気にしない性格なら良かったんだろうが、残念ながら、俺はキャラとかイメージをかなり気にする。
元はと言えば、子供の頃に割と容姿で褒められていたこともあって、俺も〝冷酷なショタぬいぐるみ使い〟キャラで通したのがマズかった。
今では、当時の写真や映像は完全に黒歴史。
『フフ……ボクのぬいぐるみからは逃げられないよ!』とか言いながら戦ってる〝半ズボン姿の俺〟を見ると、恥ずかしくて目まいがする。暗黒中二病真っ盛りか。
「潮時なのかもしれないな……」
ぐるりと部屋の中を見回せば、そこにはずっと俺を支えてくれたぬいぐるみの山。
きらきらと光るつぶらなクマさんの瞳が、悩む俺をじっと見つめている。
正直、ぬいぐるみは好きだ。
本当に大好きだ。
息抜きに自分で作ることもあるし、ネットオークションで手製のぬいぐるみを売ったりもしてる。
今日まで過酷な裏社会で生き延びて来られたのも、全部ぬいぐるみのおかげだ。
どんなに寂しいときも、辛いときも、みんながいてくれたからやってこれた。
トイレに行くときも、風呂の中でも、食事をするときも。もちろん、寝るときだって俺とぬいぐるみはいつだって一緒だった。
それもこれもなにもかも。
ぬいぐるみが、大好きだから――
「――ああ、そうか」
けどそこまで考えて、俺の中の視界が一気に開けた。
ぬいぐるみが好きだという正直な気持ちが、俺に大切なことを思い出させてくれたのかもしれない。
「だったら、最初から悩む必要なんてない。俺が40手前のおっさんだとか、キャラに合わないとか。そんなの、どれも些細なことだったんだ――」
――――――
――――
――
「わー! ぬいぐるみがいっぱい!」
「いらっしゃいませ、ゆっくりご覧になって下さいね」
あれから数日後。
両親に連れられて店にやってきた女の子が浮かべた笑顔を、俺はできる限りの愛想を込めて出迎えた。
結局、俺は裏社会から足を洗った。
抜けるのはそう簡単なことじゃなかったが、最近はようやく落ち着いてきたところだ。
俺の悩みは終わった。
結局、俺は勝手な先入観で本当に大切なことを見失っていた。
俺はぬいぐるみが好きだ。
だからこそ、ぬいぐるみも俺とずっと一緒に戦ってくれた。
けど俺はそれを忘れて、一般社会の常識や、他人の目線ばかり気にしていたんだ。
「すごーい! このクマさんのぬいぐるみ、おじさんが作ったの?」
「そうだよ。ここにあるぬいぐるみは、どれも僕が作ったんだ。でも君みたいな素敵な子に買って貰えるなら、きっとこの子たちも喜ぶと思うよ」
そうだ。
俺はもう、俺の大切な仲間を戦わせたりはしない。
ターゲットの返り血で汚れることも、弾丸の雨に晒させたりもしない。
俺ももう40歳だ。これからは、今までよりももっと自分の好きを大切にして生きよう。
キラキラした瞳でぬいぐるみを見つめる女の子を微笑ましく眺めながら、俺はそう固く心に誓った――。
ぬいぐるみが武器のおっさん暗殺者(39)の葛藤 ここのえ九護 @Lueur
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます