私はぬいぐるみになった

佐々木 凛

第1話

 僕はぬいぐるみ。

 かわいらしい、クマの見た目をしている。

 ぬいぐるみは、声を出してはいけない。どれだけ乱暴に扱われても、どれだけ強く抱きしめられても、一言も話してはいけない。うめき声も、悲鳴もダメ。ただ静かに笑って、可愛い見た目を崩さないように我慢するだけだ。

 僕の心が安らぐときは、持ち主の女の子がお出かけしている時だけ。だって、彼女は僕を乱暴に使うんだもん。もっと優しくしてほしい。

 つい、声を出しそうになっちゃう。でも、それだけは絶対にやってはいけない。

「ただいまー! クーちゃん、さびしかったでしょ。ごめんね」

 僕の持ち主が帰ってきた。彼女の名前は、出雲佐紀いずもさき。まだ五歳だ。

「クーちゃん、ギューギュー!」

 ほら、抱きしめてきた。君はいつもそうだ。愛情表現のつもりかもしれないけど、僕は君の体に顔を強く押さえつけられるわけだから、とても息が苦しいんだよ。

「ほら、お部屋に戻るよ。クーちゃん、こっちこっち」

 ほら、今度は右手を引っ張ってきた。痛いよ、とても痛い。君はいつもそうだ。

 いつもいつも、僕を何処かに連れて行くときに右手を強く引っ張って、僕は右手が引きちぎれそうな激痛に耐えながら君に連れていかれる。そして決まって、部屋に着いたらベッドに投げつけられ、そのまま放置されるんだ。

「はい、クーちゃんへやについたよ。クーちゃんは、ねんねのじかんだね」

 ほら、投げた。君はまた、僕を投げた。

 君はベッドは柔らかいから大丈夫だと思っているんだろうけど、僕たちぬいぐるみは自分の意思で動けない。受け身も取れない。だから、柔らかいところに投げられても、人間と違って痛いんだよ。


 今日は、君が泣いている。ママに怒られたんだね。

 でも、だからって僕に八つ当たりするのは駄目だよ。そんなにお腹を殴られたら、声が出ちゃうよ。僕の声を聞いたら、君も僕と同じように――



「ぬいぐるみになっちゃうよ」

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私はぬいぐるみになった 佐々木 凛 @Rin_sasaki

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